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日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物


34 アジアの現在 LIVE ARTS BANGKOK

4)地域のバラエティを見せる

 さらに今回は、カンボジア、ミャンマーなど、コンテンポラリーな表現という枠組みでは紹介されにくい国も含めて、東南アジアという地域における表現のバラエティとそれぞれの国のアートシーンの現在を見せるという意図が感じられた。カンボジアのコンテンポラリー・ダンスと言われても、正直なところ私にはピンと来ない。それだけを見るために、カンボジアに足を運ぶことはないと思う。けれども、それを今の東京やシンガポールに住む人間が、「コンテンポラリーな表現ではない」と判断するのはいかがなものだろう?なぜなら、その作品が、私たちが生きているのと同時代に存在しているのはまぎれもない事実だからだ。
 カンボジアのポン・ソピアの「猿の仮面(A Monkey’s Mask)」は、カンボジアの古典仮面舞踊の猿のキャラクターを学んだ彼が、そのボキャブラリーを使いながら作ったソロダンスである。元の古典舞踊を知らないので、それがどのように彼独自の表現になっていたのかは私には分からないが、猿のマイムが使われていたり、ドラマツルギーも物語が使われている点で、古典の延長線上にある作品だと推察できる。それでも、やはり自分が直接見にいけない地域の作品が見られるということも、フェスティバルという場の醍醐味であると思うのだ。


 
  カンボジアのポン
 
 けれども、今回の最大の贅沢は、複数の作品を通じてキュレーションを見るということが出来たことだろう。美術展では展示される作品が多いので、キュレーターは個々の作品を並べたときの全体像からその意図を浮き上がらせることが出来るが、舞台芸術の場合、劇場の1年間すべてのプログラムやフェスティバルの作品すべてを、ひとりのキュレーターの視点で構成することはむずかしい。貸し小屋という宿命や、助成金の枠組みに合う企画が優先されるという事情があるのだ。それゆえ、特に特定の顧客をあらかじめ持っていない招聘公演では、作品を紹介するときに、コンクールの入賞歴やフェスティバルへの参加歴を宣伝文句として作品を権威付けるようなやり方になりがちで、日本の舞台芸術の現状を前提に作品がなぜそこにあるのか、招聘されるのかという企画意図の説明はされにくい。だからこそ、10作品を並べてみたときに、全体から意図が汲み取れ、並べてみたことでそれぞれの作品の間に走る線が見えてきたのは、非常に得がたいおもしろい経験だった。それは、とりもなおさずコンテクストを作る、提示するということだと思うのだ。

 最近、私はコンテンポラリーな表現でも、自分の生きている現実になんらかの関わりを持たない美的なだけの作品というものに興味が持てなくなりつつある。日常的にはコンテンポラリーな表現ということばを使っているが、大きな物語が崩壊し、価値観が多様化しているこの世界で、コンテンポラリー=同時代的というだけでは自分との接点が保証されなくなってきているのだと思う。この感覚は、実は日本でコンテンポラリー・ダンスを作っている作家が、自分がリアルだと思える感覚から出発する、自分の「今ここ」から出発するということと共通するものがあると思う。もう「同時代」ということさえ、リアルでなくなって来ているのだ。むしろもっと自分の生きている現実=アクチュアリティに関わりがあるかどうかが問題になってきている。つまり、私が日常の中で当たり前だと思っている世界に、なんらかの疑問を差し挟むような価値観を提示してくれるものが、私にとっては自分につながる接点を見出せる作品だと思うようになった。そのアクチュアリティを、どこまでの範囲で実感を持つことができるか? アジアのアーティストの公演を見ながら、そんなことを考えた。そして、近代の芸術の概念がヨーロッパの社会状況を背景として生まれたと同様に、私たちのアクチュアリティを背景とした芸術の概念があってもいいのではないかという大そうな考えさえ頭に浮かんできた。
 こうして、新しい芸術の概念が、今ここから始まる予感を感じさせながら、真夏のバンコクのフェスティバルは幕を閉じた。



後藤美紀子(ごとう・みきこ)
演劇・コンテンポラリー・ダンスの振興を図る基盤整備事業の企画制作、調査事業および執筆。東南アジア祭92、JADE93事務局勤務、アヴィニヨン・フェスティバル94日本特集コーディネーターを経て、東京国際舞台芸術フェスティバル事務局勤務(95〜00年)。トヨタコレオグラフィーアワード選考委員(2006)、第3回ITIアジアダンス会議2007プロジェクトコーディネーター。 http://lafelicite.jugem.jp/
 

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