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日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物


34 アジアの現在 LIVE ARTS BANGKOK

3)タイのダンサー/パフォーマーとのコラボレーション

 今回は、香港のディック・ウォンと山下残がそれぞれタイのダンサー/パフォーマーを使って作品を作った。そこには、コンテンポラリー・ダンスがまだまだ盛んでないタイのダンサーたちに、普段出来ない経験をして欲しいという意図があったものと思われる。
 ディック・ウォンも山下残もともにコンセプチュアルな作品だった。山下残については詳細は岩澤孝子さんのレポートに譲るとして、ここではディック・ウォンの作品を取り上げたい。
 ディックの作品は、2人が出会うということをテーマにしたもので、交互に動きをひとつずつ示しながら、ダンスを作っていくというものである。その共演者として、ディックはあえてダンサーでなく、俳優を選んだ。まず俳優のクックが、ひとつのポーズを示す。見ているディックが、「あり」か「なし」かを判断する。「あり」だと思うと選手交代して、今度はディックがその続きに動きをひとつ作る。それをクックが、「あり」か「なし」かを決める。OKが出るまで次々に動きを提案しないとならない、というのがルールだ。俳優のクックからは、ラジオ体操かと思うような、およそ「ダンス」とは思えない動きや、かと思うと、なかなかOKが出ずに苦し紛れに「ダンス」というステレオタイプのイメージの動きをやってみせたりして、彼にとってダンスとはどんなことなのか視覚化されるのがとてもおもしろかった。背がひょろっと高く、飄々としているディックと、キューピーちゃんそっくりの丸くてフェミニンなクックが、同じ動きをするのを見るのも「解釈」の違いが如実に現れておもしろい。
 この作品を、ディックは初めて会ったクックと3日で作ったそうだ。香港は、インデペンデントのアートシーンがほとんどないと言っていい。ディックの言によれば、彼のようなアーティストは「ぼくが唯一ではないけど、ものすごく少ない」ということだ。自腹を切って借りる劇場もなく、自分の作品は香港アートフェスティバルのような大きなプレゼンターや海外の劇場などから声がかかったときに作ることができるのだという。そのような日本以上に厳しい状況の中で、ディックは声がかかったときに自分のアイデアを100%実現できるよう、常にアイデアが浮かんだら書き留める、一定期間ためたら整理するということを繰り返しているそうだ。今回は3日間の稽古期間があったが、「数時間だってやろうと思えばできる」という。そのために、ダンサーの稽古に長く時間がかかるようなテクニックを主体とした作品でなく、コンセプチュアルな作品になるのだろうかと、環境と作風の相関関係を考えたりした。もっともディックももともとダンサーとして教育を受けたわけでなく、ズーニ・イコサエドロンというパフォーマンス集団の出身なので、「踊るダンス」という選択肢はないのかもしれない。
 この2つの作品は、タイのダンサー/パフォーマーにとっては、物語やテクニックが作品を作るのではなく、コンセプトが作品を作ることの経験になり、ディックと山下残には、作品が成り立っている前提を共有しない人にどのように自分の考えを伝えていって、短時間に作品に仕上げるのかという経験になったのではないか。コラボレーションでも、漠然と「おもしろくなるだろう」という予想の元に顔合わせが決められた場合、なにが成果なのかあいまいで、目的がぼんやりしたプロジェクトになりがちだが、今回は必要な人に必要な人を会わせるというコンセプトがはっきりしている点で、プロジェクトとしての輪郭がはっきりしたものになった。そのこと自体が、コラボレーションのプロジェクトを実施するときの問題点の指摘になっていたと思う。


 


 
  ディック・ウォンとクック ククリット・ハウスにて
 

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