log osaka web magazine index

フェスティバルゲートで活動する4つのNPOの検証と未来に向けてのシンポジウム


第一回シンポジウム

甲斐
 ありがとうございました。(拍手)すごいな、情報量が。引き続き、肩書きは「芸術環境研究者」とされています、小暮先生にお願いします。先生は、芸術文化アクションプランを書くにあたって、さきほど紹介されてました大阪市文化施策振興のための懇話会のメンバーとして、アーツパークが始まる以前から、大阪市の事業にかかわっておられます。そのことも含めて、お話しいただければと思います。
 

 
小暮
 今5時13分なので、5時28分までしゃべれるようにがんばりたいと思います。4点あるんですけど、まずこのレジメ、リバーシブルになっていまして、こちら面が新聞記事です。今日の午前中は、立命館の非常勤講師で、その裏面のレジメが表でした。この新聞記事のほう、今日の議題じゃないんですけど、右側にが「ああ無情」という記事です。すごくセンチメンタルな記事なんですけれども。左側が2年半前の「これからやるぞ」っていう記事で、コメントを私もしていますので、後で読んでおいてください。あとまあ大阪市の考え方なんかも左側には書いています。
 今日私がしゃべりたいなと思うのは、自分のほとんどの人生を公務員として過ごしましたので、公務員としての経歴と、そのまえに法学部でしたので、法律とはなにか行政とはなにかというお話をしたいと思います。あまり似合わないと言われそうですが、似合ってると思うので、よろしくお願いします。
 ぼくは法学部で、田園都市構想というのが当時流行ってまして、なんとなく役人になるんだったら、今はないんですけど自治省ってところに行こうと思って。海外行くの嫌だったから、通産とか大蔵とか嫌だったので自治省ってところに行ったんですけど。で、そういうところで地方自治と国の関係ということを23年やってまいりました。そこで考えることを4点ばかりお話したいのですが、まず1点目としては、一応ですね、自治省の中でも都道府県派と市町村派というのに分かれまして。派閥でもないですけど、市町村派だったんですね。5年たつと県の課長か市の部長に行くんですけど、ぼくは市の部長に行かせていただいたりして、わりと市というのは興味がありました。それは余談ですけど。大阪市というのはご存じのとおり地方自治制度の中では政令指定都市でございまして、つい最近静岡市まで政令指定都市になっちゃいまして、え?とか思ったんですけど。14あります、ぼくの頃は10だったんですけどね、千葉市ができたりいろいろできてまして。まあ、芸術予算が一番少ない市というので昔から有名でして、大阪市でした。これはおもしろいなと思ってて、またこれ余談になっちゃいますけど、大阪市とか大阪府に自治省の人は行きたくない、行くとすごくいじめられるから嫌だし出世しない、というあれだったんですけど、まあそれはおいといて。大阪市てのは芸術予算が一番少ないというので有名でした。今もそうだと思います。逆に言うと、予算がかかるのはハードウェアですので、ハードウェアがないというのが強みでありまして、そういうもののしがらみがないということですね。で、アクションプランの話を簡単に言っちゃうと、そういう予算が少ないというなかで一番効果的に使うのは、ソフトウェアとヒューマンウェアに注力したらいいんじゃないか、というのが一番始めに考えたことです。まあ金のないやつが考えることですね、ルックスもダメだし金もないときに、なんとなくパフォーマンスでカバーするみたいな、そんな感じです。それが1番めの話ですね。(笑)なんとか芸がうまいとか、そういうことでもてようとする、そういうやり方をとったというのがアクションプランの基本的な考え方です。
 2番目の考え方なんですけれども、どうやっておどけるか、どうやって呆けるか、どうやってかぶくかっていう、かぶき方なんですが、芸術予算が少なくても一応政令指定都市なんだから、政令指定都市らしいことしたいよねという話になりまして。じゃあ一般都市との違いがなにかというと、一応、腐っても政令指定都市ということで、自分で自分の道をつくるという10テーマを考えまして、それが創造都市ということになっていきます。それはまあぼくが一年生のときに一般教養でギリシア哲学、じゃあアポリア、とか、なんかそういうふうに頭の中にぽこっと残ってまして。道がない、と。アポリア、謎のような、だからいつも難問ばっかりできちゃうんだなと。難問まで含めてやろうじゃないかというのが、2番目のアクションプランの考え方でした。自分で自分の道をつくっていく、未知なるものへ挑戦する、未来への投資とも言ったんですけど、それだけじゃなくてもちろんアウトリーチ、アクセスということも言いました。アポリアとアクセスをきちんとやろうということで、アクションプランができました。それは最初のチラシの裏にも書いてあることだと思います。
 で、ぼくのちょろっとしたことを、市の方が自分で作ったというのがアクションプラン事業でして、吉本さんみたいな優秀なコンサルタントの力も借りず、学者さんの力も借りず、市役所の職員が手書きで書いたというか。手書きじゃなくて、携帯で書いてそれをいちいち送ってきて、担当のスタッフが起こしたというわけのわからない、文章めちゃめちゃひどいんですけど。怒られちゃうけど(笑)、ぼくはその味が、今日のあのビヨンドイノセンスが一番かっこよかったのと同じくらいよかったと思ってます。それがいいんじゃないかと。本当に言いたいことって、どよんでしまうことであって。だいたいあの、本当に言いたいときってどよんじゃいますよね、恋の告白でもなんでも。だまっちゃうくらいのどもった部分がアポリアっていうことで、2番目に、一緒に考えて書きました。
 3番目の話なんですけど、アクションプランが出来たのまでは知ってるんですけど、条例は知らなかったので、この前あることで条例を読ませてもらって、今日配っていただきました。条例はアクションプランをどう反映してるかっていうことなんですけど、一応反映している、とぼくは思います。2004年の3月29日、条例第20号、大阪市芸術文化振興条例の前文の最後の近くです。「市民が芸術文化に親しむ環境の整備」これがぼくの言う言葉でのアクセス、アウトリーチです。「ならびに、自主的かつ創造的な芸術活動をおこなう芸術家の育成および支援に努めて、自由と進取の精神に基づく新しい芸術文化の創造を促進し」ということで、これはもうアクションプランを引き継いでくれているなと思いました。これが条例のかたちです。それから第三条というところなんですけど、基本理念の一、第一項。「芸術文化の振興にあたっては、市民および芸術家の自主性が十分に尊重されるべきものであること」これが公設民営の意義ですね。ここにちゃんと法令で書かれているわけですね。重要なことは、第七条にちゃんと書いてます。見ておいてください、かなり細かく書いています。アートマネジャーを大事にしようという、ぼくの今の仕事のことも書いてくれていますけど。ありがたい限りでございまして。
 こんなかたちで条例も出来、アクションプランもちゃんと出来てから、基本的に法令とは何かというと、ぼくは一応法学部ですので、憲法を含めて法令というのは、市民とかアーティストの自由な権利を守るために、行政とか政治がへんなことをしない、ということです。自主的に積極的にするというのを、この条例は守っているということになっています。ほんとはもっとやってはいけないことを書いたらいいんですけど、振興条例ですからそういうこと書いてないんですが。本当は基本条例がいいと思うんです。ぼくの思うやってはいけないことは、3つあると思います。1つは、すでにマーケットが成り立っているもの、吉本興業さんとか大阪ではいろんなところがかんばっておられるわけですから、そういうところはやっていただいたらいいわけですから、そういうマーケットを乱すようなことをしてはいけない、そういうところと関係を持ったりするのはよくない、これはつねに言われていることです。これは大原則です。第2番めに、イベント的動員みたいなことはできるだけ避けたほうがいいだろうと。やむを得ずやることもあると思うんですけど。いやいやアートを見せられるので、これは地方都市でやっていただければいい。都会人は嫌ですね。3番め、これは京都市でちょっと怒っていて、京都府でも去年怒ったんですけど、コンテストはしてはいけないということ。政治とか行政がコンテストをすると腐るので、懸賞といいますか、してはいけない。これはぼくの意見です。こういうかたちで、条例も出来て、いいんではないかと思っております。
 4番目、これはかなり提案というか前向きな話をしたいと思うんですけど、ちょっと大きな話です。今、市町村合併というのが進みまして、3300あったのが2400くらいになりました。これを300くらいにしたい、というのがもともとの自治省の考えなんですけど。それとともに47もいらんだろうというのがずっとありまして、都道府県を減らそうという方向にいきます。これはもう流れだと思うんですよね、増やすということは絶対ありえないと思いますので、減ります。このとき考えないといけないのは、大阪市と大阪府、ふたつもいらないよね、というのが昔から言われてまして、いろんな方が言っててぼくもそうだろうなと思うんですね。日本では東京都てのは1個なんですよね、23区が。だから制度的にも可能なので。関西というのは、公共下水道というのを勝手に、書類上作らなくてがっちゃんこして違法したんだけど、あ、いいよねって流域下水道を作ったという前例があります。つまりもともと法律でだめだって言ってたのをやったら結局よかったという、悪い例ですけど。法律ではないことをやるのが関西のすごいところで、日本の平均的な東京人の作る法律的な制度を崩せばいいので、まず日本の中でとくに大阪ができると思うので、まず大阪市を解体してですね、解散するというのを市の職員がやる、主導的に。人から解体される前に、自分たちで解体すると。で、特別区をつくる、今の空間をもうちょっと大きくしたらいいと思うんですけど、それで大阪府に殴りこみをかけまして、私たちはこんなに優秀だから一緒にやろうよと言う。大阪府はびっくりすると思うんですけど、あの、大学の関係とかはちょっと無視してください、すみません(笑)。優秀なので合併していただいたらいいと思うんですけど。シュミレーションです。そういうふうにしてとりあえず大阪府だけにする。はやめに大阪府は主導的に道州制をとっていく。ぼくのイメージでは5つくらいでいいと思ってるんですけど、日本の州というか道というか。一応勝手に、北の道、東の道、中つ道、西の道、南の道に分けてるんですけど、西の首都として、大阪の特別区が君臨すると。一回死んで、西の道として西国州というか、州都というか道都というか首都になるというのを考えてまして。で、そうなったときにアーツカウンシルを早めにつくっておいてですね、もう大阪とか京都とかせこいこと言わないで、西の道をつくっていくというのがいいんじゃないかと。前からずっと考えていまして、大阪市と大阪府あっていいんですけど、文化行政だけやめると。でやめるというか、大阪アーツカウンシルというのをつくって、そこにやってもらうというのは現実的ではないかと。すでに出来ているので。あともうひとつだけ思ってるのは、市役所いらないので、ここはもういいので、市役所に全部移すと。大阪アーツカウンシルは市役所に移して、ホームレスの人と一緒に仕事づくりをすると。ここもいいですけど淀屋橋もいいので、あそこを使ったらどうかと。以上です。

甲斐
 ありがとうございました。(拍手)時間押してますんで、鷲田さん、お願いします。

鷲田
 えっと、あと2分しかない・・(会場笑)

甲斐
 遅らせますので、大丈夫です。

鷲田
 あの、小暮さんの、言葉は崩れてしまってますけど、一応もと役人らしいお話、というか反役人的なお話、はじめて聞かせていただきました。これまでお話しになった3人の方すごく情報量が多いんですが、ぼくはレジメもありませんしパワーポイントもないので、ここで起こっていることは何なのか、これまでこの場所で起こってきたのは何なのか、ぼくなりに感じたままお話させていただきたいと思います。大阪市のこのアクションプランの事業評価委員会というのがありまして、今日もいらっしゃっている神戸大学の藤野さんとか、演劇で京都の教育大の太田耕人さんとか、市大の音楽学の中川真さんとか、そういう人たちとこれまで評価に携わってきたものですから、その関係で今日はお話しないといけないと思うんですが、それはこれからの対策協議になる第三部のほうでお話させていただくということで。さきほど言いました、ここで何が起こってるんかなっていう、自分なりの思いっていうか考えたことをお話したいと思います。
 今日さきほどダンスボックスの大谷さんもここでお話になりましたが、大谷さんと初めて出会ったのはもうかれこれ10年くらい前になるんじゃないかと思います。トリイホールにいらっしゃったときに、大野一夫さんの公演にお招きいただいてお目にかかったのが最初だったと思います。大野一夫さんの舞踏っていうのは、今度が最後、もう二度とは見られないと思って毎回行くもんですから、いつも満席になってなかなか席がとれないという不思議な公演が今も続いております。そのとき、四角い舞台に客席があって、とっても座りきれないくらいの人がいらっしゃって、今日ここの前に座ってらっしゃるように、座席の前に、地べたにみなさんすわっておられました。最初は大野さんのダンスに吸い込まれていたんですが、ふと斜めを見ると、高校生くらいの女の人がぶわーって涙をためてるんですね。ぼくそのシーン見たときに、とにかく震えてしまって。90過ぎたじいさんが、少女の服装をして、そして18歳くらいの女の子を泣かせてるという、この構図に震えてしまって。このアート、アートっていう言葉がなんか軽すぎると思うんですけど、とにかくここで起こっていることにショックを受けたというか、衝撃を受けて、なんでこんな力があるんだろうと思いました。ぼくは学生を怒ることで一回くらい泣かせたことはあるんですけれども、感動させて泣かせるというのはなかなか教師30年くらいやっててもできないので、やあすごいなあと思いました。
 で、そういう頃からアートの力って、いったいわれわれのどこに突き刺さってくるんだろうというのをずっと、というかときどき考えてきたんですけれども、最近たまたまこの2週間でみたイベントとか作品にかかわらせて言いますと、つい最近同じダンスボックスの「GUYS III」というのを仮設劇場「Wa」というところで見せていただきました。でその少し前に、民博でやっている「ブリコラージュアート・ナウ」という、がらくたをいっぱい集めたような、一回では見切れないようながらくたが集まっている展覧会も行ってきました。私がその2つを、たまたま連続で見たときに、すごく印象に残ったのは、ひとつが「お金がないんだなあ」っていうことです(会場笑)。それからもうひとつは、これは一回限りのイベントではなくて、
これをやる前にこの場所で、いろいろ言い合いをしたり汗を流したりおなか減らしたりしながら、とにかく何日間か何か月か仕込みをしてきたんだなということです。そういうふたつの印象を持ちました。
 でまず「お金がない」っていうことなんですが、もうすでに「お金がない」っていうことと、仕込みがたっぷりできる時間と場所があるっていうことが、実はここの特徴でもあるんですけれど、お金がないっていうのはいいことであって、大阪市が文化事業において全国からいろんな視察に来られるような注目を浴びているというのは、何度も出てきた公設民営ということだと思います。つまり家賃光熱費は提供するけれども運営は市は関与しない、民間でNPOを中心にやっていただくという、プロデュース自体を任せてしまうということですね、こういう形がとれたということが、つまり最低限のお金でやるということが、逆に今のアートとNPOの関係のあり方というのを大きく変えてしまって、先進的な事業として逆に脚光を浴びるようになったというのは、お金がないがゆえの僥倖だったと思います。
 そんな市政レベルのことだけじゃなくて、われわれ自身もそうです。われわれが今苛立っているのは、自分を表現したり自分が何かを感じたりするときの媒体・メディアが貧しいから苦しんでるのではなくて、逆にありすぎて困っているわけですね。いっぱいメディアが、先に自分が何かを表現する前にあって、それで逆に決定的なものこれしかないっていうものをつかむことができない、そういうもどかしさにぼくらは呆然としているようなところがあると思うんですね。逆にメディアが少なければ、われわれはそこに想像力をぶわーっと充填しないと、ことが始まらないんです。昔、私は子どもとドイツの工場街に住んでたことがあるんですが、その頃はスーパーなんかに行っても全部ドイツ語で書いてあるので、遊び方もわからないし、すぐ使えるおもちゃが全然ないんですね。で彼ら、男きょうだいなんですが、考えだしたのは、ボール紙でお相撲さんのフィギュアを作って、土俵も紙で作ってですね、そしてふたりでトトトトっと、どっちが先に倒れるかで、それこそ順位づけしてコンテストして、それで一日夢中になって遊んでいたんですね。つまり、何も媒体がない、そのことが逆にすごく遊びを深くしていたという面がある。それと同じことが、結局ぼくらはお金がないことではじめて、受け身で何かをするんじゃなくて、こんなのこんなのって想像力をぎゅうっと投入して、逆に目がギラギラしてくるというのがあるんだと思います。
 それから2番めに、仕込みの時間がたっぷりあるということ、これもわれわれの気分とすごく近いものがあってですね。私たちは会社にいても学校にいても、あるいは悲しいけれど家庭にいても、自分がここにいなければいけない絶対的な理由というのはなかなか見つけがたい、これが正直なところだと思うんですね。人によっては突然単身赴任で転勤しても、それで新しい生活が始まるかっていうと、結局前住んでたとこと同じように、2、3分でスーパーとかコンビニがあって同じようなものが売っていて。ぼくらは場所が変わることで何か生活がコロっと変わる、つまりここにいることの決定的な理由も見いだせないけど、場所が変わったからといって何かが始まるっていうことももう最初から断念している寂しい生活というのがあります。そんな中で、自分の存在が風船みたいなイメージとしてあって、風船が空に上がっていかないように必死で地上につなぎおくために毎日あがいているというのが、多くの人の生活実感なんじゃないかと思うんですね。
 で、そういうときにアートというものが、ぼくらをときどきむずむずさせてくれるということがあると思います。もちろん、多くのアートというものとぼくらの接し方というのは、収まりの良い何か生活の装飾品のようなもので終わったり、いろんなことをやっても結局ある都市の一風景として消費されてしまうというのが通常のアートのシーンだと思うんですけれど。出来事としての、自分にとって、よくシュールレアリストたちが好んで言った言葉で「シャンジェ・ラ・ヴィ」、「生活を変える」という言葉がありますが、何か自分を変えるささやかなきっかけになるような出来事性というもの、アートってものに惹かれるときにこだわってるんじゃないだろうかと思うんですね。それは、結局効率性とか生産性、評価のときにすごくよく言われるんですね。何を生み出したか、どれだけ人を集めたか。でその対局に、それではだめだということでもう一方で、娯楽とか趣味としてのアートがあるんだけど、そんな趣味とか娯楽としてのアートなんて生産性効率性の補完物でしかない。そんなアートじゃなくて、何かこう、生き方を変える、あるいは別の生き方の可能性に自分がちらっと触れられるんじゃないだろうかと思って、私たちはアートの世界に近づいていく。決して大層な、大変な話ではなくてですね、要するにぼくらが何か生き甲斐を感じて生きるというときに、ぼくらは効率性や生産性のために生き甲斐を感じたり死に甲斐を感じたりするわけじゃなくて、ぼくらが本当に生きよう、あるいは死のうと思うときも含めて、そういうときには何か過去の自分の経験・体験へのこだわりがうずいている場合もあれば、他人の痛みへの共感によって動いてしまう場合もあるし、何か損と分かっていても意気に感じて動いてしまう場合もあるし、あるいは何か感覚的においしいということが突き動かす場合もあるだろうし、あるいはすかっとする、ぼけっとする、赤ちゃんと無邪気に戯れる、そんなところの喜びがぼくらを突き動かすところもあって。要するにぼくらの生活を突き動かしているものは、じつは効率性とか生産性ではないわけです。ぼくらを突き動かしているもの、価値を研ぎすますものとして、これまで芸術というものがあったんだと思っています。
 先日ある京都のダンスのNPOの方から送っていただいた、地域創造という雑誌を読ませていただいたときに、ああ、こんなうまいこと表現するのかっていう表現に出会ったことがあります。これは沖縄のあるNPOの集会での参加者の発言なんですけど、めちゃくちゃかっこいいことをおっしゃってました。「アートとは社会のニーズの先にある感覚を表現するものだ」と。だから自分でも気づいていない。社会のニーズなんてものは、社会のシステムにあらかじめ枠取られて、だからこれがニーズだと簡単に言える。でもぼくらはそんなものには本当はちっとも突き動かされないんで、自分でもわからない、けれども今ニーズと呼ばれるもののはるかかなたにある何かが自分を突き動かす、そういう感覚を表現するというのは、すごく正当な言い方、適切な言い方だと思います。
 最後に、この場所をわかりやすく表現するために、最近気に入っている青木淳さんという建築家の言葉を引きます。ルイ・ヴィトン、銀座とか表参道とか、青森の美術館作られた方なんですが、その人の近著でぼくも書評させていただいたんですが、『原っぱと遊園地』という本があるんですね。遊園地と原っぱの対比をしていて。この場所、フェスティバルゲートは、遊園地もあるけど完全に原っぱだというのがぼくの考えなんです。定義によると、遊園地と原っぱの違いは何かというと、遊園地っていうのは、あらかじめそこで行われることがわかっている空間。原っぱっていうのは、これは素敵な定義なんですが、そこでおこなわれることが空間の中味をつくっていくような空間。子どもたちが原っぱに行くときには、あらかじめ何をしようというんじゃなくて、まずそこに行ってみると。行って、そこにいる連中で、さっきの相撲のゲームじゃないけど、とにかくやってみることがその空間の意味を作っていくようになる。その作られた意味がどんどん研ぎすまされていったときに、このフェスティバルゲートのような成熟した空間ができてくるんじゃないかというふうに思います。なぜアートなのかといいながら、結局この場所へのオマージュで終わってしまいましたが、終わります。

甲斐
ありがとうございます。(拍手)15分押してますが、10分休憩とりますね。

<< back page 1 2 3 4 5 6 7 next >>
TOP > 新世界アーツパーク未来計画シンポジウム > > 第一回シンポジウム
Copyright (c) log All Rights Reserved.