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<花形能舞台>の人びと〜成田達志
こうしてお話をうかがってると、普段はなんか気ぃ弱そうに(笑)見えるのに、舞台の上はなんでこんなに強気なんやろう?っていう疑問が解けたような(笑)

成田
「そう?うーん、僕、勉強中、舞台の上で、ずうーっと、ほんまに、コワゴワやってきたし、舞台終わったら、いつでもコテンパンに怒られてね。舞台以外ではいつでも小そうなってやってたけど、でも、‘舞台の上だけでは好きなことやれよ’って、師匠に教わってきたから、舞台の上では自分の思ったこと全部出してね。‘まず一番大事なんは“思い切り”や’って、いつでも師匠が言うてはったから」

“思い切り”ですか。そうやね、ビクついてやってると、それが0.000何秒かの遅れになったり、オドオドした波動が伝わってきたり…

成田「うん。でもね、僕、ビクついてやらへんもんやから、具合の悪い時は、ものすごい具合の悪いことになるのよ(笑)。もう、自分でも、ほんとにめちゃくちゃ恥かしいことに…(笑)」

(笑)そういうの、めちゃくちゃ落ち込み激しくなりませんか?

成田「なるよ!なるなる(笑)。もう、うりゃ—!ってやって、グチャグチャーってなって。終わったら、皆が冷たい目でキーッと、‘こいつー!うっとぉしいやっちゃー!’って目で見てて(笑)。ビクつかへんのもええんか悪いんかわからへん(笑)」

うははははは(笑)

成田「でも、舞台の上は楽しいよ。舞台の上で鼓打ってる時。小鼓方って音が命なんやけど、道具の調子がよくていい音の出る時っていうのは、ほんっとに、“しあわせ”(笑)」

調子が悪いっていうか、スランプみたいな時は、どうやって克服しはるの?

成田「スランプっていうかどうかわかれへんけど、小鼓っていう楽器はすごく難しい楽器で、道具の調整が難しいねん。胴のほうは変わらへんから、皮の状態やね。皮って、打ってたらどんどん脂を吸うて変わってくるから、同じのばっかり使ってたら、やっぱりダメになってくる。少し休ませたり、ローテーション組んだりしながらやってるんやけど、うまい具合に響く皮がある時期、半年〜2年くらいのスパンだと思うけど、‘今この道具があるから俺は安心や’っていう皮がある時は、いつでもその道具を使ってポンポン鳴るから、気持ちよく打てるけど」

へえ、そうなんや

成田「それがたくさん道具があるお家やったらいいけど、僕らは道具を集めるのもなかなか覚束へんから、まあ、それも自分の責任なんやけど。だから、一つ鳴るのがあったら、そればっかり使う。‘キモチイイーッ!シアワセーッ!’って(笑)。‘次の(道具の調整を)やっとかなあかんぞ、あかんぞ’って思いながら、でも、‘シアワセーッ!’って、そればっかり使うねん(笑)。ほんで、だんだん(皮が)ヘタって(=疲れて)きて、‘えらいこっちゃ〜’て言うてるうちに、今度は糸がプチッと切れて、修理に出さなあかんから2年ほど使われへんっていう…」

修理に出したら2年も使えないの?

成田「修理に1年ほどかかって、そのあと1年ほど寝かさな使えへん。んで、そうなったんが、去年の春やったかなあ…。それでも家には100枚くらい皮があるのよ。それを毎日とっかえひっかえ、あっちの胴に掛けたり、こっちの胴に掛けたり、息吹きかけたり、強う掛けたり、緩う掛けたり…、もう、毎日!するねんけど…」

うまいこといく道具があったら、なんにも考えなくていいものを、毎日それで苦労しはるんや

成田「そう。それを今ずうーっと…。もう、去年の秋くらい、どん底やったんやけども、最近、ちょっと、いいのが出来てきてん。去年の春に修理から返ってきたのが2組あって、それが1年たって音が出せるようになったから」

ちょっとだけ、“しあわせ”になりかかってるんや

成田「いや、まだそこまで行ってない!でも、なかなかいいとこまできてる(笑)。これが、もしかしたら、“しあわせ”になれるかなー(笑)って」

うふふふふ(笑)。“しあわせ”になってください


 芯のしっかりした美しい音色、張りのある掛け声、思い切りのいい間合い。
 成田達志は、実は今、最も注目されている小鼓方である。
 彼は、<花形能舞台>のあと、この秋に、東京での『道成寺』を控えている。
 しかも、シテは、現在、人気実力ともに最高を誇る喜多流の友枝昭世(ともえだ・あきよ)だ。
 その舞台に、わざわざ関西から指名を受けて出演するということが、彼の小鼓に対する、役者の信頼と期待を如実に物語っている。
 極端に言えば、“シテと小鼓のもの”と言われるほど、『道成寺』における小鼓の占める割合は大きい。
 このインタビューの2日前にあった、友枝昭世との<乱拍子>(らんびょうし=『道成寺』の前半のクライマックス)の稽古の時のことを、彼はこう語った。
 「…はぁ…なんなんやろなぁ…あれは…。口でうまいこと言われへんねんけどなぁ…。向こう(=昭世氏)に余裕があるからかもしれないけど…。でもね…、こっち(=小鼓)が絶対リードするねんで、こっちが完全にリードするねんけど…。なんか…、“誘(いざな)われる”みたいな<乱拍子>になってしまうねん…。なんか、わかれへんねんけど…、あれ、なんでやろなあ…、初めて(昭世氏と)やって、ちょっとびっくりした…」
 <乱拍子>は、シテと、小鼓方の一騎討ち。
 長い静寂の間に、小鼓が打つ、同時にシテがつま先を上げる、下げる…そのタイミングは、ギリギリのところで闘う、“勝つか!負けるか!”の真剣勝負だ。
 ところが、友枝昭世との場合は、
 「あんな安心感のある<乱拍子>ってあるんやなぁ…」
 頭で間合いを取るのではなく、すべてが必然として運んでゆくような…。
 「決まった間合いを計ってても、時計やないし、人間やから伸び縮みするねんで、それやのに…、なんでやろなぁ…」
 思い出しながら、成田達志は、その感覚をなんとか言葉にしようとする。
 しかし、それこそ、舞台の上の二人にしかわかり得ないものだ。
 語っている成田達志の表情を眺めながら、私は心底、羨ましいと思った。
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