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(2) 日常生活と、表現について
The value of witnessing both difficulty and diversity was instead thought to be that through exposure to the world the individual gradually found his or her orientation, found how to keep a balance. / Today we would say such a person keeping his or her balance in the world is "centered". A city ought to be a school for learning how to lead a centered life. Through exposure to others, we might learn how to weigh what is important and what is not. / The balanced person wants to make speech, a battle, love, as well as a poem with the same qualities of grace and poise.(注7)

 たとえば、こんな見解がある。《今の日本には、自分を表現してはいけないという雰囲気がどこかにある。もしかりに、自由に発言し、発想できていれば、ここまで閉塞状況にならなかったのでは》(注8)といった見解。

 ここまで筆者は、表現行為そのものではなく、施設や理念や社会的制度など、それを規定し成り立たせる諸々の条件について考察してきた。それもどちらかといえば、芸術家としての表現を巡ってのものであった。
 
第一回目で筆者は、リチャード・セネットの論考に即しつつ、都市における表現といったことにつき、述べたのだった。今にして思うと、あの考察は実は、芸術家の表現というよりはむしろ、《日常生活者の表現行為》をも含めてのものだったのかもしれない。にもかかわらず筆者は、第二回から第四回まで、そういったテーマについて論じてこなかったようにも思うのである。最後、不十分ながらもこのことについて述べてみたい。

都市生活者は、他の者との関わりにおいて、"art of exposure"に習熟し、そのことによりバランスのとれた者にならねばならぬとセネットは説く。己を他者にさらけ出す、表現する。日常、我々は一人の人に対して、あるいは複数の他人のさなかにおいて、服を着、言葉を発し、笑い、目配せし、見つめ、手を握る・・・と、さまざまに振舞う。この振舞いもやはり表現であると考えられるだろう。芸術家でなくても、小説家の肩書きを持っていなくても、人は日常生活において、着飾り、言葉づかいに工夫をこらしたり機知をめぐらせたりと、様々に表現し、己をさらけだす。けれどもこれら表現が、セネットの言う意味でまともなもの、習熟へと向うものとなるか否かについては、いくつか条件がある。
たとえそれが一見自由に為されているとしても、実際のところただ一人よがりの、《私》を宣告するだけのもの、人であれ事物であれ、己をとりまく「環境に対し模索的というよりはアグレッシブな関係を成立させる」(注9)といった類の表現である。それは習熟へと向かうものではない。それはたとえば街中の落書きのように、都市に住む、他の人々への配慮を欠く表現である。街、そしてそこに住む様々な人との具体的なやりとりにおいて、何が起こるかわからない不確実な状況の中、模索し、習熟してゆく、そういった過程を己においてあらかじめ拒む精神態度がその基にある。
セネットは、表現に習熟する模索の過程の有無が問われるのは、プロの芸術家に限らないと述べる(注10)。日常生活者もまた問われるのである。他の人との関わりにおいて、己の振る舞いをバランスのとれたものとすべく努めるのか、それともそういった努力をあらかじめ放棄し、反省と発展が無いという意味で変わらない《私》を表明し続けるのかと問われるのである。
《私》の表明、それは一人よがりである。さらにまた、実のところそれはアドルノの説く文化産業の論理や、あるいはそれと相補的である閉塞的な文化状況に対し十分に距離が取れていない。一見自由なように見えて、そういった状況に取り込まれており、その限りにおいては自由でなく、独自でもなく、ありきたりの表現であると筆者は考える。

最後、このテーマ(日常生活における表現)からして興味深い幾つかの事例を紹介する。いずれもいまだ進行途上の試みであり、筆者自身、実態について十分把握しているとは言い難く、考察も不十分である。さらなる考察は後の課題としたい。

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