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日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物


22 読解できないもの その1

作品紹介とインタビューによる「あなたのダンス」5
『そこに関わる』キム・ウォン


 
 
 
Aプロのとりを飾ったキム・ウォンさんのソロ作品。シンプルな小道具を効果的に用いて紡がれる、若い女性が自分の部屋で一人思いめぐらすひととき。踊り出して数フレーズで、彼女がモダンダンスの技術をベースに統制のとれた動きを生み出す、優れた舞踊家であることが見てとれます。こういったモダン系の作品では、往々にしてその人の個性がスタイルとして確立されていて、モダンに親しんでいない者には、テクニックを離れた個人の表現が見えにくいことがあります。けれどもこの作品で目を見張ったのは、西洋の舞踊史のコードで解読できる美しい線の流れと並行して、彼女ではない「誰か」の身体が次々顕われたこと。再現的な手法を一切使わず、キムさんの身体の変容の中に感じとられた、老女や、女性に親しいとおぼしき人格etc...の息づかいは、クッションからたぐり出した赤い毛糸に絡めとられる女性の身体に詰め込まれた、個人を越える歴史さえ感じさせるものでした。


 
 
 
+どんな風にダンスを始め、自分のダンスをつくるようになったのかを教えてください。

キム:母が言うには、私は踊るのが大好きな子供だったらしいです。中学、高校時代は趣味で伝統舞踊を踊っていて、ダンスで有名な学科のある大学に行く決心をしました。そこには韓国の伝統舞踊、クラシック・バレエ、モダンダンスという選択があったのですが、思春期にモダンダンスを見て、「身体って、なんて美しくて表現力があるんだろう」と思ったので、モダンダンスを専攻しました。

大学を卒業するまでは、専らグラハム・テクニックを学んでいたのですが、4年のときに教授のカンパニーとNYに行って、驚きました。さまざまな種類のダンスに、いろんなアーティスト! それから韓国で活動しつつ、外にも目を向けるようになりました。アシスタントや教師としてお金を稼ぐようになったのでそれを一生懸命貯めて、やっと1994年と1995年に奨学金を得、まずはニューヨークに滞在したんです。そのときラッキーだったのは、カニングハム・スタジオで発表した作品が、『ヴィレッジ・ヴォイス』や『ニューヨーク・タイムズ』の批評に取り上げられたこと。それからはニューヨークには何度も行きました。また、ベイツ・フェスティバルで私の作品を見た中国人の振付家に呼ばれて、98年に中国でも公演しました。中国にもよいアーティストがいますね。さて、お次はパリです。それまでニューヨークにばかり行っていたので、ヨーロッパでは何が起こっているのかな?と思ったんです。務めている大学のサバティカルを得、パリのコンセルバトワールでラバノーテーションを学び、あるダンススタジオで教えることにもなりました。スタジオでは、みんな自由に動き、自由に考える。パリの人たちは思ったことはすべて言うんですね。韓国とは全然違っていました。

+そういった流れの中で、「自分のダンス」ということを意識されたのはいつ頃ですか?

キム:在学中も、学科発表のために、例えば3分のソロだとかはつくっていて、85年に卒業して教え始めて、舞台でも作品を発表するようになりました。自分のスタイルについては、91年から98年にかけて、韓国の伝統、とりわけ音楽や楽器に関心を持って取り組んだ時期の仕事が関係すると思います。韓国の伝統的な楽器を用いる作曲家に出会い、音楽学者ともディスカッションを重ねて、伝統的な楽器でサウンドをつくっていきました。わたしがまず動きをつくって見せ、ミュージシャンがそれに合わせた素材を持って来て、ときには声も使って。
その間私は、自分の身体を使って動きを生み出してゆく経験をとおして、もっと自由に動くやり方、可能性を捜していました。私の身体は、もっと解放されなくてはと思ったんです。何からの解放かというと、適切な例かわかりませんが、例えばグラハムやリモンや、その他のテクニックを学ぶと、それぞれ様式があるわけですから、どう動くか決まっていますよね。それがテクニックというものです。けれども時がたつと、テクニックから自由にならなければなりません。私はとても真剣にそのことを考えたんです。
それで、自分で動き、自分の体で試行錯誤するうちに、呼吸があるんだなということに気がつきました。ある日スタジオで、自由な動きだなと感じたときに、アップ/ダウン、アップ/ダウンといったリズム、そして静止のようなものの存在に気づいたのです。

こういった探求は、芸術家として、常に「より上」を求める、あるいは何かに深く関わってもそこから出るという経験が必要だからです。そうしてはじめて、別の考えを得る事ができるんです。円を描いているみたいですね。ここからスタートしてまた戻る。スタートして戻るということを繰り返すのですが、戻ってきた「ここ」には違うもの、何か新しい発見があります。それが人間にとっての成長だと思うんです。

 ※special thanks for typing to 藤田一さん

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