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景山 今、注目しているアーティストとして、どんな方がいらっしゃいますか?

清水 中国のアーティストの何人かに注目しています。でも日本では、まだ名前が知られてませんけどね。これから紹介していきたいと思ってます。それと、今一番注目のアーティストは、やはりマシュー・バーニーですね。

景山 そうですね。マシュー・バーニーさんは、現在、世界を代表するアーティストとして有名ですね。今度、マシュー・バーニーさんの『クレマスター』フィルム・サイクルが大阪の旭区民センターで上映されるんですけど、僕も非常に楽しみにしています。これは清水さんが日本に紹介されたんですね。

清水 はい。

景山 清水さんとマシュー・バーニーさんとの出会いをお聞かせください。

清水 最初はね、90年代初めにホイットニー美術館で「バイアニュアル展」がありまして、そこにマシューがビデオを出してたんです。僕はもともと映像に興味がありまして、注目していたんですけど、そこで見たのが非常に衝撃的でした。その時は、まだ『クレマスター』を作る前だったんですけど、それ以来ずっと注目してきています。

景山 そこで見たのはどんな作品だったのですか?

清水 それは、ビデオインスタレーションで、マシュー・バーニーが羊に扮して出てくるんです。それがなんで衝撃的だったかというと、それまではビデオ映像のクオリティー自体に気を使っているアーティストがほとんどいなかったんですね。映像がなんかスケッチブックのドローイングみたいに軽く扱われてましたが、当時、ビデオアーティストとしてマシュー・バーニーのように映像を作り込むアーティストはほとんどいなかった。当時多かったのはインタビューとか、告白ものとか、また実験映像が多かったですね。その中でストーリー性、つまりフィクションが盛り込まれている。それまでのビデオと全然違ってましたね。
 その後マシューは『クレマスター』へと進んでいくんです。『クレマスター』は、1から5という5つのパートから出来ています。しかし、作られている順番がナンバー順ではなくて、自分がそのときにインスピレーションを得た順番で作られていて、最終的に完成するまでに8年かけています。
 現代のアーティストは、どちらかというと使い捨てにされてしまっています。ベルリンの壁が壊れてから世界中で美術展が開かれていて、展覧会の数が飛躍的に増えました。そこで、みんな簡単に作品を作り展示するようになってしまいました。そんな中で、マシュー・バーニーは8年間をかけて、ひとつの作品を作った。そんなアーティストは今ほとんどいなくなってしまったんです。そういう意味でも、非常に貴重なアーティストです。

景山 まだ若いんですよね。

清水 始めたのは20代、今35歳かな。

景山 経歴もユニークですね。

清水 医学をやりたいと思ってイェール大学医学部の予科に進学したんですが、アートのほうに進んでしまったんです。

景山 肉体を駆使していると聞いてますが。

清水 もともとはパフォーミング・アートをやってたんですね。自分でパフォーマンスをするわけですけれども。70年代に、パフォーミング・アーティストはみんな記録のために、ビデオに撮って記録していたんですね。パフォーマンスは、やったらなくなってしまいますから。マシュー・バーニーもそれにならってビデオを撮り始めたんですが、ビデオを撮っている時に、映像にはパフォーマンスと違う世界があることに気づいたというんですね。単なる記録ではなくてフィクションが作れる可能性があることに気がつくわけです。そこが他のアーティストと違いますね。で、マシューはそっちの方向に進んでいったわけです。

景山 フィクションにするときに、「直感」ということがあったかと思いますが。

清水 『クレマスター』は、5つのパート、5つのそれぞれ違う場所で撮影されているんですが、全般的な構想はあったけれども、それぞれの撮る細かい決まった筋立てがあるのではなく、それぞれのインスピレーションを得た場所へ行って、そこで調べたり本を読んだりしているうちに、だんだんとストーリーが湧いてくる、そんな作り方のようです。

景山 そこから感じる力を、作品化するうえで重要視されているんですね。

清水 それは、一番基本的な部分だと思いますね。なんでこれがアート作品なのかと考えると、絵を描くみたいにインスピレーションで描き始め、だんだん発展していくんですね。その過程が全部絵になっていくわけです。完成されたシナリオがあって、それを映像化していく作り方と違って、映像とシナリオが同時に、絵を描くようにどんどん発展していって最終的な作品となっていくという、そこにアーティストの主観と感性、そして想像力などが非常に強く盛り込まれるんですね。そういうところが、作品がアートだといわれるゆえんじゃないかなと思いますね。

景山 絵を描くときに、絵に終わりはないといわれますが、彼にとっての終わり、つまり作品になるときはいつなんでしょうか?

清水 絵も最終的には終わりはあるんですけどもね(笑)。『クレマスター3』を作っているときに様子を聞くと、やはり編集段階でだいぶいじって、最初のアイデアと違うものもどんどん作り上げていっているようです。しかし、あるところで打ち止めにしないとね。まあ、展覧会の日の朝に絵をみんな完成させて、まだ濡れている状態で展覧会場に並べるってよくいいますが、それと同じでギリギリのところで終わらせてプレミアショーをやっている感じかなあと思いますね。

景山 『クレマスター』は、まだ続くんですか?

清水 これはもう終わりですね。今はまったく新しいのを考えてるようですけど。まあ、アーティストだから新しいインスピレーションで続編を作るかもしれませんよ(笑)。

景山 今度の大阪での『クレマスター』フィルム・サイクルは、日本での最終上映になるとも聞いています。5作品連続というのは本当に貴重な機会だと思うのですが、大阪の観客にどうこの作品を見てもらいたいとお考えですか?

清水 映画は1から5までの順番で上映しますが、この順番通りには作られていないんですね。でも、マシューが仕上げた『クレマスター』をこの順番で見てみると、ストーリーがつながっているわけではないんですが、一つの山があって、最後にカタルシスを迎えるという、ちゃんとした構造になっているんです。これは通して全部見ないとだめなんで、7時間ですけれども、ぜひ頑張って全編見るという覚悟で臨んでいただきたいと思います。

景山 7時間もあると、途中で眠たくなると思うんですが、寝てもいいんですか?

清水 寝てもいいけど、バラエティーに富んでいて全然眠くならないですね。21世紀初頭でもっとも重要な映像作品の上映に、大阪の皆さんに是非立ち会っていただきたいと思います。
清水敏男(しみず・としお)
1953年、東京都生まれ。インデペンデント・キュレーター、美術評論家。パリ、ルーヴル大学修士課程修了。帰国後85年より東京都庭園美術館キュレーター、91年より水戸芸術館の芸術監督をつとめる。97年より清水敏男事務所を開設、インデペンデントキュレーターとして主に現代美術の展覧会、上映会を主催。現在、TOSHIO SHIMIZU ART OFFICE取締役、学習院女子大学非常勤講師、国際美術評論家連盟常任委員、財団法人徳間記念アニメーション財団評議員。主な展覧会等に、『レオナール・フジタ』(1988)、『ヘルムート・ニュートン』(1989)、『ジェニー・ホルツァー』『ジョン・ケージ』(1994)、『ジェームズ・タレル』(1995)、『ダニエル・ビュレンヌ』(1996)、『立川国際芸術祭』(1999)、『上海ビエンナーレ』(2000)、『ロバート・メイプルソープ』(1992、2002)、『「クレマスター」フィルム・サイクル』(2002〜03)がある。
景山理(かげやま・さとし)
1955年、島根県生まれ。74年より、自主上映グループ「シネマ・ダール」を主宰し、大阪・京都でさまざまな映画を上映。76年より全国自主上映組織体「シネマテーク・ジャポネーズ」の発足にあたって大阪代表として参加。84年に月刊・映画専門紙「映画新聞」を創刊(毎月1日発行)。映画新聞は、91年度日本映画ペンクラブ奨励賞、大阪府文化助成などを受け、99年11月の休刊まで156号を発行。97年1月、市民から2100万円の出資金を得て「シネ・ヌーヴォ」を設立、ロードショーを開始。99年10月には、宝塚市売布神社駅前「ピピアめふ」内の日本初の公設民営映画館「シネ・ピピア」の支配人に就任。現在、シネ・ピピアとシネ・ヌーヴォの支配人。
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