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対立を両立に変えて 西尾雅
登場人物  出演者
      初演(94/12)  再演(96/12-97/2) 今回(03/12-04/1)
荻野久作  佐戸井けん太 山西惇      勝村政信
  とめ  山下裕子   ←        稲森いずみ
津島より子 柳橋りん   宇尾葉子     西尾まり
古井半三郎 岡田正    ←        横堀悦夫
高見詠一  樋渡真司   ←        三上市朗
酒井キヨ  歌川椎子   ←        西牟田恵
野村ハナ  戸川京子   ←        持田真樹
  佐吉  久松信美   吉田朝/久松信美 櫻井章喜
(Wキャスト)

自転車キンクリートで再演の近鉄小劇場からグレードアップ、ホリプロ主催の今回は広い近鉄劇場での公演(初演は大阪公演がなく未見)。閉館間近の同劇場はこの後Poemix、Marciel、ふるさときゃらばんを控えるが、ウェルメイドの演劇はこれが最後。有終を飾るにふさわしい、しみじみいいお芝居に熱いものがにじむ。

地方の開業医ながら月経と排卵の関係を世界で初めて解き明かし、ローマ法王庁が認めるオギノ式避妊法を確立した荻野センセイをめぐる話。診療所を舞台に上手に診察室、下手に待合室が広がる。診察と並行して研究する荻野を助ける助手の古井はクリスチャン、新顔看護士の津島は女性解放論者で、そりの合わない2人はよく争う。診療所を賑わす患者に、多産の上さらに妊娠して中絶を相談するキヨと子宝に恵まれぬことを悩むハナ。そこに訪れたのが荻野の見合い相手のとめ。お互いすぐ相手を気に入るが、荻野は新妻の条件として研究のため月経と性交をカレンダーに印すことを依頼する。

医療現場に男女の社会的対立と矛盾が集約される。子が多過ぎ、経済的に望まないのに妊娠するキヨと、世継ぎを生まねばならぬのに、不妊を責められるハナの相反する悩み。子を神の授かりものと考える助手と女の幸せを願う看護士は、中絶をめぐって論争を散らす。看護士はまた、ハナに子宮筋腫の手術を執刀した荻野を、患者虐待、研究材料扱いと告発する。臨床と研究の兼務に忙殺される荻野に、大学のエリート医師である高見は、出世に不利と忠告する。荻野はキヨに中絶を思いとどまらせ、赤ん坊の命を救うが、予期せぬ妊娠中毒はキヨの命を奪う。診療所こそが常に対立する生と死の現場なのだ。

問題は矛盾が他と自分の間だけでなく、自分の内にもあること。荻野にも純粋な研究の熱意と成果を挙げ名誉を得て養母に報いる気持ちそして患者を救う志が混在する。患者を利用するのではなく、すべての女性を救う研究との自負はあるが、キヨの死に力不足を自覚する。そもそも産婦人科医として接する時は堂々としているが、見合い相手に異性を意識したとたん、からきし自信をなくす。が、恥ずかしいはずの月経と性交のチェックを申込む彼は、研究の鬼と化して迫る。夫婦生活すら公表される羞恥心と愛する夫への献身に、とめも葛藤を抱えたはず。宿った命の愛しさと産むことを許されない貧困に迷うキヨ。妊娠を果たしたハナは、嫁はただの出産の道具に過ぎないのかと喜びの中にも怒りが生じ、産まれる子が五体満足かどうか新たな心配も抱える。

子供が出来る出来ないの悩みは結局、家族内の人間関係に収斂する。嫁を、子を産む道具と見なす義母に対し、妻をかばう夫にハナは救われる。独身を宣言し女性解放を叫ぶ看護士は、駆け落ちした母が彼女の誕生を歓迎しなかった不幸な過去を持つゆえとわかる。荻野は養父母へ義務を果しつつ、産みの母への感謝を忘れない。望まずに生まれた娘の不幸や、貧しさゆえ息子を金満家の医院へ養子に手放す母の哀しみを、人は一生背負う。

性と生がドラマを生む。男と女、母と子、神と人、研究と臨床。それは対立ではない。現場の症例と患者への問診が、当時世界の産婦人科医学最大の謎だった排卵日の特定を荻野に教える。前の月経から数えるのではなく、次の月経予定日から逆算するという逆転の発想で真理に到達する。逆転の発想が対立を両立に導く。排卵日がわかれば受胎可能日を知り妊娠をコントロールできる。妊娠を望まない人望む人それぞれに朗報なのだ。ハナは願いが叶って子をさずかり、荻野も名誉を得る。研究論文を押し頂くとめは荻野の生みの母そっくりの感謝を示す。彼女もまた妻と母その両立を果たしたのだ。

けれども、選択が増え、人はまた新たな悩みを抱える。妊娠のコントロールは女性を本当に幸福にするのかと。進歩する医学の現状を思えば、再演時の本作が既にさまざまな問題を提起していたことにあらためて感動する。冷凍精子による人口受精や代理母果てはクローン。遺伝子操作や生殖技術の進化はもはや神の領域を犯す。あるいは援助交際や児童虐待。性の自由は本当に女性を自由にしたのか。社会とモラルもまた急激な科学の変化について行けない。だからこそ、本作のテーマが古くなることはけっしてなく、永遠に上演され続ける必要がある。例えば、教育現場の演劇鑑賞会などで取り上げる機会が増えることを切に願う。


キーワード
■性 ■家族
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