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「チェンチ一族」「小説家裘甫(クボ)氏と京城の人々」 松岡永子
 京都芸術センター「Theatre Project 2008計画Ⅰリーディング公演」として見たふたつのリーディングはとても対照的だった。
 どちらもこの公演のために新たに翻訳されたテキストを使い、本編の流れを横切る不即不離のテキストの挿入、一部マイクパフォーマンスもあり、といった構成での共通点はあった。だが題材も手法も好対照。時代物と世話物、といった趣だろうか。

 三浦基演出の『チェンチ一族』は16世紀イタリアの史実に材を取った作品。独裁的な家長による息子の殺害と娘との近親相姦の物語。
 チェンチ伯爵の殺人、近親相姦の理由は情でも欲でもない。形而上的な悪への意志である。人間的な感情に欠けている点で神話の人物に似る。
 その意志の強さは父を殺す娘にも見られる。
 彼女の、暗殺に一度失敗しながら最後までやりおおせる意志の強さ、拷問を受けながら最後まで罪を(犯行事実を、ではない)認めないところなどはやはり人間離れしている。
 物語の途中何箇所かに、アルトー自身が朗読したというラジオドラマ『神の裁きと訣別するため』のテキストの一部を挿入する。

 黒一色、抑えた照明の舞台に、横一列に譜面台が並ぶ。室内楽演奏会のようだ。靴を履かない役者たちが出てきてその前に立つ。
 基本的に身振りはない。照明は微妙に変化するが終始抑えられていて、BGMはない。発声も抑制的で耳を澄まさなくてはならない。観客に緊張を強いる舞台だ。
 チェンチ伯爵役の最後の方の文節に強調を置く独特の台詞まわしをはじめとして、それぞれの人物に特徴はあるが、基本的に感情を排した発話。楽器を演奏するように言葉が一定のペースで流れる。譜面台のテキストをめくる動作もきれいにそろって様式化されている(リーディングのはじめ主にト書きを読む役者のテキストだけが巻紙になっていて、FAXから少しづつ紙が出てくるように時間を視覚化する)。
 ピストルの音や床に倒れる所作などもあるが、どちらも曖昧な含意を剥ぎ取られ、純粋な記号となっている。
 人物や物語への感情移入を許さず、テキストの言葉だけをみごとに浮き立たせている。もしわたしがアルトーの戯曲をみにいったのなら、満足のいくお勉強になっただろう。

 筒井潤演出『小説家裘甫(クボ)氏と京城の人々』は舞台床に十字型の木の台と、少し高い位置に箱形の台を置く。役者は舞台を歩きまわる。ト書きで「頭を掻く」と読んだ後、頭を掻く。言葉で書かれた物語を現前させる。

 ひとりの役者がテキストを抱えて出てくる。彼が裘甫(クボ)先生。この物語は、小説家(志望)の裘甫先生の1933年冬の一日。途中、彼の小説が挿入される。
 その後、出てきた役者たちが積みあげられたテキストを一冊づつ取り、物語の中に入っていく。

 駆け出し小説家の裘甫先生は、妹にはバカにされ、親戚に見合いを押しつけられている。金もないのに酒を飲み、友達と大言壮語する。それでも文学への志は高い。日本の明治大正期の文学青年によくみられるタイプ。だが彼が書こうとしているのは「文学的」ではない市井の人々の生活だ。京城を歩き回って小説の素材を探す。

 決して豊かではない人々の哀歓を描こうとしてる先生の小説は通俗的に胸を打つ。報われない淡い恋情が、悲劇というより滑稽な結末を迎える話が多い。センチメンタルではあるが、普通の人にとって人生とはそういうものだろう。

 この作品にも不自然なイントネーション(関西弁イントネーションの標準語)の部分がある。その台詞の間、舞台上の人が「日本語」と書かれた札を上げる。
 日本統治下の京城では、生活の一部で日本語が使われるのだ。仲間内での揶揄するような罵り、巡査の公式な言葉など、どんな言葉が日本語で発せられるのかに当時の日韓関係をうかがえるかもしれないと思う。

 すべてのト書きを読むことになっているのだろうが、「間」というト書きは耳で聞くと実に間が抜けて聞こえる。一方、いいなと思ったのは「暗転」というト書き。
 家族の生活のために離れで客をとっている娘と、気づかないふりをしている家族。客は家族の分もジャージャー麺の出前を取り、それぞれの部屋で食べながら夜明けを迎える。
「暗転」というト書きを口にした後、役者たちは目を閉じる。そのとき舞台の照明に変化はないが、そこに静かな闇が降りるのが見える。

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