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進化し続ける新生いのうえ歌舞伎 西尾雅
新感線初の原作もの「吉原御免状」以降、いのうえ歌舞伎は第2章入りしたと演出家みずから明かすが、本作は座付作家の中島かずきに代わり青木豪(グリング主宰)を脚本に迎える。そもそも中島に多大な影響を与えたのは「吉原御免状」原作者の隆慶一郎。つまり独特の歴史観とファンタジー感覚の大元は隆であり、中島はその流れを発展させたともいえる。

中島渾身の前作「朧の森に棲む鬼」は、その直前シェイクスピア原作の「メタルマクベス」の宮藤官九郎脚本に発奮したからと、これも中島みずからが打ち明けている。初提供ながら新感線らしいシェイクスピア作品に仕上がった「メタルマクベス」に座付作家の中島は負けられないと思ったそうだ。

今回、いのうえ歌舞伎は初めて隆〜中島路線と離れたわけだが、青木との初顔合わせでも新感線らしさは失われておらず、人間ドラマを描く新生いのうえ歌舞伎は進化を続けている。フィクションと史実を織り交ぜてエンタメながら現代に通じるテーマは継承され、スピーディな映像感覚はさらに増している。

新感線という存在が作家の創作意欲をかき立て、輸血された新たな血がまたいのうえの演出を刺激する。相互のフィードバックを重ね成長を続ける新感線はもはや日本演劇界で独自のスタンスを屹立したといえよう。

主役は、土佐勤王党を率いる武市半平太(田辺誠一)の指示により尊皇攘夷運動に抗する者を次々暗殺して「人斬り以蔵」と恐れられた岡田以蔵(森田剛)。安政の大地震で被災した土佐に始まり、同地で処刑されるまで約10年の短い半生を描く。被災で「なんじゃなかっ」(何にもなくなってしもうた)と叫んだ以蔵は、師と仰いだ武市の裏切りにより恋人を死なせ、すべてを失って最後に同じく「なんじゃなかっ」と叫ぶ。

一周し、くり返される彼の慟哭。時間を挟んだその場に居合わすのは奇しくも同じ、幼なじみのミツ(戸田恵梨香)と与市(河野まさと)。与市は後から土佐勤王党に加盟した同輩だが、以蔵とほのかな恋心を通わすミツは創作上の人物。以蔵の生き方を冷静に批判するミツを仮定することで、時代に翻弄された以蔵の苦悩が鮮やかに照射される。

以蔵が慕うミツの兄は上士の不興を買い、無念の死を遂げる。足軽の以蔵らは侍ではなく犬同然。人にそして侍になりたいと剣に賭けた以蔵は、腕を買われて武市に取り立てられるが、要は便利な刺客扱い。薩摩藩の田中新兵衛(山内圭哉)も幕末4大人斬りのひとりだが、学があるので信用厚く武市は新兵衛と義兄弟の契りを結ぶ。けれども、直情短絡な以蔵は、逆に敬愛する武市からもしだいに遠ざけられる。

新兵衛をライバル視する以蔵はミツに刀をすり替えさせ、彼を姉小路公知暗殺の犯人に仕立てる。以蔵を恋するミツを利用したその工作は、武市の寵愛をめぐる新兵衛と以蔵の確執の結果。どちらが師のひいきを得るか、男の嫉妬が火花を散らす。師をめぐる男同士の争いに巻き込まれたミツが哀れだ。

武市を崇拝する以蔵に、同郷の友人・坂本龍馬(池田鉄洋)は自分で考えることが大切と説く。盲目的に師に従うのではなく、視野を広げろと。納得した以蔵は開国論者の勝海舟(粟根まこと)の護衛を引き受けるが、それを快く思わぬ頑迷な武市は立腹、ますます2人は疎遠になる。

8.18の政変で尊攘派は勢いを失い、武市も捕縛、勤王党は壊滅する。京に潜伏中の以蔵が捕まり自白することを恐れた武市は、獄中から以蔵毒殺を与一に指示する。毒入りの酒を以蔵に持参する与一。そこに以蔵を見限って嫁入りしたミツが通りかかる。戯れに祝言のマネごとをし酒を含んだミツは死に、瀕死となった以蔵は逮捕されて故郷で証言に立つ。

初めて人を切る際に躊躇した以蔵は、世を正すための暗殺は罪ではなく天誅との師の教えに後押しされる。天誅と同様にポアやジハードなどと言い換える言い訳を私たちは何度聞かされたことか!ならば、天はどこにあり、正義は何で、それを決めるのは一体誰か。

尊攘派の武市は倒幕を唱えるが、土佐藩主は山内一豊以来の徳川幕府への忠心を曲げない。天は人それぞれにあり、今まで以蔵が天と仰いだ武市みずからが以蔵を抹殺にかかる。正義はやすやすとひっくり返り、絶対不動の天など初めからないことを以蔵は身をもって知る。

思えばミツは最初からすべてを見通し、以蔵に提案していたのだ。侍を捨て百姓か商いをして2人で暮らそうと。人扱いされぬ下士が悔しくて、剣を頼り侍を目指した以蔵は、侍の身分制度もやがてなくなることを勝から聞かされる。

人はそもそも人だったのだ、生まれた時既に。最期にそう気づいた処刑場の以蔵に、亡きミツが愛したマンサク(満作)の花が散る。光を浴びて咲く満開のその花にちなみ、生まれたばかりの彼女はミツ(満+光)と名づけられる。他人の血にまみれた以蔵が自分の血を流す今、降りかかるミツの光がすべてを浄化する。

終演後の場内に「マンサクの花が万博公園日本庭園で見頃」の案内が流れる。私も早速写真を撮りに出かけたが、冬枯れの園内で黄色いマンサクの咲くその周辺は華やかで、何組かのファン同士が感想を語っていた。観客動員が増えれどもファンサービスは不変、新感線の小劇場魂は健在だ。

前後2面のスクリーンや回り舞台を使った疾走感はかつて経験したことがないほど。映像や装置だけでなく、一瞬だけ通り過ぎる通行人役にアンサンブルを早変わりでぜいたくに投入。殺陣やダンスのフルパワー炸裂に思わず見入り、せつない音楽に胸かきむしられる。幕末のうねりと時代を駆けた人々の思いが、津波のように舞台から押し寄せる、あっという間の3時間半。

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