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なるべく派手な服を着る 松岡永子
 雑然として迷路めく古い民家(カクスコの舞台を連想した)。書家である父親が病いに倒れ、息子達が帰ってきた田舎の家。次々と建て増ししたために不思議な造りになったといい、たとえば押入が台所へつづいている。床の間には「家庭円満」の掛け軸。
 母親はとうに亡くなっている。男ばかりの六人兄弟で四つ子の下に一人、その下にいる末っ子は母親が亡くなってから引き取られた養子。四つ子はいつも一緒に行動し、末っ子を猫可愛がりしていた。その関係は今も変わらない。

 次男が次々と思いつくわけのわからないゲームをし、はしゃぎ、けんかになると末っ子の「ぼく、兄ちゃん達がけんかするの嫌だ」というすねた声にたちまち仲直りする。みんなで妙な踊りを踊りながら家を一周したりするのもいつものことらしい。
 家族が集まった日は「たまり鍋」。この家独特の料理で、醤油で具材を煮てマヨネーズで食べる。兄弟はこの奇妙な料理をごちそうだと思って疑わない。
 この家には奇妙なしきたりがいくつもある。海外旅行はいけない。献血はダメ。結婚(入籍)もダメ。だから次男と四男がつれてきている妻も、内縁関係のままだ。
 四男はちょっとしたことで妻を怒鳴りつける。周囲は取りなそうとするが、彼女自身は「わたし、叱られるとほっとするんです」という。

 見ていて、病んでるよなあと思う。でもあまりに幸せそうで、自分たちがいいならこのままでもいいか、幸せなんてしょせん主観的なものなんだし、という気分になってくる。

 そのいかにも楽しそうな兄弟達の輪に、五男・一二三は入っていけない。はみ出している、というよりは存在を気づいてもらえないのだ。名前すら忘れられることが多く、呼びかけられることはほとんどない。
 だから彼は、自分の存在を示すためになるべく派手な服を着て、爪楊枝を使った工作で夢殿を完成させた小学生の頃の武勇伝を好んで語る。けれど今も、存在感がないことを理由にガールフレンドに振られようとしている。
 他の兄弟がみんな「勝」「悟」などの漢字一文字の名前なのに、なぜか彼だけが三文字。
僕もみんなと同じ一文字がよかったな、と彼はつぶやく。

 長男は昔、強盗殺人の嫌疑をかけられ逮捕されたことがある。それでもこの家に残っているのは、村を出ていくとかえって犯人だと思われる、という父親の言葉のせいだ。
 四男を引き取るとき、みんなで可愛がってやってくれと父親が言ったとおり、みんなで可愛がっている。
 家族は、父親の言いつけである奇妙なしきたりを疑問も持たず頑なに守りながら、和気あいあいと暮らしている。
 この家は父親の造った囲いの中にある。どこか不自然で歪んでいるが中にいると気づかないし、慣れてしまえば不自由はない。奇妙な造りのこの家屋と同じだ。

 いよいよ臨終が近づいた父親は、四つ子は実はみんな養子で、バラバラに引き取った子どもだったことを告げる。奇妙なしきたりは、血がつながっていないことを隠すためだったらしい。
 ショックを受けた兄弟達の関係は変わり、潜んでいた軋みが表面化する。
 まるで、円満に、という父親の言葉の魔法が解けたようだ。

 そんな中でも五男はめだたない。
僕もみんなと同じ養子がよかったな、と彼はつぶやく。

 長男は次男の妻が母親に似ているといい、好意を持っていた。そのことが諍いの種になる。
 母は菩薩のように優しく、美しく、料理の上手な理想的女性だったという。しかし「たまり鍋」を得意料理にしていた母親が本当に料理上手だったのだろうか。
 三男は、確かに母親に似ているという。大好きだったけど憎んでいた。男にだらしがなかった、みんな知っていて見ようとしなかっただけだ、という。
 次男の妻が兄弟全員を誘惑していたことが明らかになった瞬間、母親が彼女に「降りる」。
そして一二三に、戸籍をよく見てごらん、と告げる。
 書類には、母親と別の男性との子どもを五男として引き取ったことが記されている。

 父親が亡くなり、法要のために久しぶりに集まった兄弟達。
 次男は妻と調停中。入籍した四男は妻を怒鳴りつけなくなり、彼女も自分を肯定できるようになっている。カメラマンである三男は海外に仕事場を広げ、末っ子は少し大人っぽくなった。
 まだギクシャクしてはいるが、新しい関係ができつつある。
 五男は相変わらず存在感が薄く、駅からのタクシーに積み残され、一人遅れてやってくる。
 やはり家族の輪から少しはずれている彼は、父親の部屋につながる階段に座って、父親の死を実感する。親父が死んじゃった、と(たぶんはじめて)泣く。
 兄弟達が、一二三ここにいたんだな、何泣いてんだ、と声を掛ける。

 兄弟達がはじめて一二三に固有名詞で呼びかける。目立たない五男、というベールがはずれたかのようだ。父親の死を受け容れて、父親のかけた魔法が解けたのかもしれない。

 妻が浮気をしてできた子どもということで、父は一二三に含むところがあったのだろうか。一二三は父の造った家の中で疎外感を持ち、自分の在り方に不満を持っていた。
 だが、自分の存在が不満だったのは一二三だけではない。次男は同い年なのに自分が長男でないことが不満だったし、四男は入学が遅れたことで(戸籍が整わなかったせい?)知的なことに劣等感を持っていた。ただ、この家の躁状態に巻きこまれて表に出なかっただけだ。
 父親は彼なりに一生懸命だっただろう。血のつながらない六人の息子を守り育てるためには、多少歪んでいるにせよ、囲いは必要だったし、実際それで無事育ったのだからたいしたものだ。
 だがいつか囲いはいらなくなる。むしろ邪魔になる。子どもにとって、それはもう守ってくれるものではなく、縛るものになっている。
 一二三は父親の呪縛から抜け出て、自分自身として存在できるようになり新しい関係をつくれるようになった。そうなってはじめて、残された自分のためではなくほんとうに、父親の死を悲しめるようになる。

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