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宇宙を隠し持っている 松岡永子
 客席を通り抜けて女の子がひとり舞台に上がっていく。
 そこは生活感の染みついた四畳半。襖の破れ目から、なにか精密機械がのぞいている。

 二十二世紀。温暖化が進んだ地球に住めなくなった人類は宇宙コロニーに移住した。その居住区の一室。
 以前の住人は「二十世紀日本の住宅標準であった四畳半」を完璧に再現した。そんなことをした理由も、その人の行方もわからない。ただ、不動産屋に紹介されてきた女の子は一目でこの部屋が気に入った。知らないのにとても懐かしい場所。そこで今、彼女は暮らしている。

 部屋ではゆっくりとした時間が流れる。そのリズムを乱す闖入者。陽性のマッドサイエンティストトリオと、彼らに対して女王様然とふるまう謎の美少女(実にアニメ的な展開。ああ、ここは日本橋だった、と思い出させてくれるみごとな歌とダンスと衣装)。
 彼らは「完璧な四畳半」をつくった人に会い、調査するためにきたのだという。
 コロニー移住の折り、地球生活の情報はほとんどが失われた。タイムマシンが完成するまで、正確な情報を得ることは誰にもできないはず。それなのにこの部屋の住人は二十世紀の四畳半を細部まで完璧に再現した。何らかの方法で二十世紀の記憶を持っているのかも知れないその人に、新開発の四季システムをチェックしてほしいのだ、という。
 システムのスイッチを入れると春夏秋冬の風景が展開する。途中で動作不良が起こる。システムを統制する美少女は科学者たちがつくったアンドロイドなのだ。
 女の子は、みんな偽物だ、と反撥する。アンドロイドなんて偽物だし、つくられた自然なんて全然自然じゃない、と。

 彼女は四畳半に住んでいた男のことを回想する。サワダというその男は、芸術家たちの集う「宇宙村」をつくろうとして挫折し、すべてから逃げるようにこの町にやってきた。体をこわして働くこともできないサワダは、あまりはやっていないプラネタリウムによくきていた。そこで知り合った十四歳の彼女はサワダの部屋に入り浸り、彼の語る宇宙村の夢を聞いていた。音楽家、作家、歌手、ダンサー…。知らないのに懐かしい人たち。
 悪い噂が立ってサワダが姿を消したあとも、彼女はその四畳半で過ごす。部屋の中ですべてはこと足りる。部屋の外は温暖化が進んでいく荒んだ世界だ。

 この物語は二十二世紀の女の子が部屋を通して場所の記憶をみるお話なのだろうか。それとも二十世紀の引きこもりの女の子の夢想なのだろうか。そんなことは考えてもあまり意味がない。確かなのはこの部屋が彼女の宇宙だということだ。この部屋は彼女自身なのだ。楽しい思い出に満ちた空っぽの場所。

 昔読んだ本に、少女が描く絵の中の家には必ず大きな窓がある。だがドアがない。少女は大きな瞳を見開いて世界を眺めている。だが、自分だけの世界から出てこようとしない、とあった。
 確かに彼女は部屋を出ていかない。
 カーテンコールで客席に向かって礼をしたあと、他の登場人物たちはドアを開けて出ていく。だが、彼女だけは静かに舞台を降り、登場したときと同じように客席に消えていく。

 未来のコロニーは暑さも寒さもない快適なユートピアだ。だが人類は四季を求めて過去を探る。
 女の子の友達(宇宙村のダンサー?)は奇妙なダンスを踊りながら、何を考えていると思う、と訊き、「なーんにも考えてない」という。何も考えずに踊っている姿をみて、みた人が何かを考えたり感じたりしてくれるのだという。
 自分の宇宙も自分ひとりでは完成しない。ものを創る人はそのことを知っている。

 ラストシーン。部屋にひとり残った女の子は窓を開ける。窓からの光が彼女を包む。

 なぜだかわからないけれど懐かしい場所。安心して自分でいられる場所。帰っていける場所。そんな場所があるから、人は真っ暗な未知の世界に踏み出していける。
 だれでもそんな宇宙を隠し持っている。

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