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ひとつでもいい 松岡永子
 この公演後、トランスパンダは無期限休止に入るそうだ。作、演出、主演を一度にこなすのは(特に小劇場のシステムの中では)負担が大きすぎるし、仕方がないと思う。しかしもったいない。ナカタアカネの作品の中でなかた茜はひときわ輝いているし、なかた茜はナカタアカネの作品に出演しているときが最もキュートだ。
 美術、衣装、さまざまな小道具を含めて、トランスパンダの舞台はナカタアカネそのものを見せている。ナルシシズムの臭みを感じさせず、自分でいっぱいの世界をただ魅力的に見せるというのはすごいことだ。ちょっとバランスが崩れただけで嫌味になってしまうにちがいない世界が安定してあるのは、自分の開き方が中途半端ではないからだろう。

 ミサトはキャバ嬢をしながら芝居を書き、上演している。
 公演を控えていた彼女は、車にはねられ半年ほどの記憶を失った。脚本は書きかけのままでつづきが思い出せない。公演は中止、キャバ嬢もやめたミサトは、交通事故の加害者であるユリコの部屋に転がりこんでいる。記憶の一部がないことで、ミサトはとても不安定だ。自分の行動にどこか自信がもてない。以前は恋愛ジャンキーだったのに恋にも夢中になれない。

 芝居仲間、自称恋人、キャバクラに出入りしていて謹慎を食らったアイドル歌手、など、今回も彼女を愛している男たちでヒロインのまわりはいっぱいだ。それぞれが、とても素敵で魅力的に見えるのは、ヒロインが愛されているだけではなく、周囲の人々を愛しているからだろう。

 ユリコの兄、シンジがドイツから帰ってくる。とんでもなく女にもてるシンジは、異常なくらい妹だけを愛している。実は義理の兄妹で血はつながっていないのだが、事故による記憶喪失でシンジはそれを忘れて育った。思春期になって思い出しても今さら言えなかった。ユリコも兄を愛してる。しかし、シンジの記憶がないものとして接してきたふたりの関係は捻れて歪んでいる。

 みんな宙ぶらりんな状態にいる。
 次々と仕事を変え次々と上手くいかなくなる者。事故現場にいあわせて恋人と間違われた誤解に乗じてそれを事実にしてしまおうと思っていたが、嘘をつきとおせなくなる者。
 中途半端な状態を一挙に解消しようとする行動は、破壊的だ。

 自分と正反対で、でもどこか似ているユリコを見ていたミサトは、(ユリコみたいな)お金持ちで綺麗な女の子として暮らせばきっと幸せなんだろうと思っていた、でも違う、自分を好きでなきゃ何も始まらない、という。忘れてしまいたかった自分も、嫌いだった自分も、全部取り戻さなきゃならない。
 記憶を取り戻すために徹底的に自分を傷つけるつもりのミサトを見ていられなくなった芝居仲間、ハヤシダは、彼女を抱きしめる。

 波瀾万丈の体験を経て、傷ついたヒロインは、ずっと変わらず自分を支えてくれていた地味な幼なじみの愛に気づく。
 というのは少女マンガの王道だ。ありきたりに見えても、王道はやはり王道なのだ。

 すべてがおさまるところにおさまる。
 ミサトの周囲にいた人たちは新しい仕事を見つけたり新しい恋を見つけたりして、それぞれの人生が回り出す。ミサトは水商売をやめふつうの事務仕事につく。芝居もぼちぼちつづけていくだろう。
 シンジは旅立つ。別れの握手をしたとき、ミサトはひとつのできごとを思い出す。
 以前シンジがしていた夢の話。そこにいる人たちと次々握手していくのに最後のひとりとは握手できなかった…あれはわたしのことだった。小学生の頃、転校していく男の子と恥ずかしくて握手できなかった。ちゃんとお別れできなかったことをずっと後悔していた。いまやっと、きちんとさよならできたんだ、と気づく。
 ずっと昔、深いところに刺さったままになっていた棘がひとつ抜けた。まだすべての記憶が戻ったわけではないけれど、ゆっくり、ひとつひとつやっていけばいい。支えてくれる人は傍にいる。

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