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地獄でございます 松岡永子
 観光地の旅館かホテルのロビーのような場所。
 中央の御影石らしい碑に「等活湯」の文字。あちこちに小鬼の角のような円錐形の装飾。
 中二階になった廊下は腰の高さの磨りガラスで覆われている。そこに裸の男たちが次々に現れる。
 彼らはそれぞれ、急にサウナに入りたくなってここに来たのだ、と「思っている」。
 決まりだからと受付で服を脱がされ、ガウンの置いてあるロッカールームまで裸で行くように言われた。小さな扉の向こうにサウナはあるらしいが、熱すぎて入れない。温度調節をしてもらおうにも従業員は見あたらない。

 題名と舞台美術からわかっているとおり、ここは地獄だ。時代の変化に伴って、今どきの地獄では鬼が亡者を力ずくで追いやったりはしない。垢抜けないビジネスホテルくらいのサービスの悪さで「自分から入ってもらう」ように従業員、というか獄卒たちは働きかける。

 獄卒たちはもちろん鬼だ(虎皮のパンツをはいているわかりやすいビジュアル)が、姿形は担当する亡者にそっくり(亡者が自分と向き合えるようにその姿に変わるのだと説明される)。
「さっさと終わらせましょうよ〜」
「メシ喰いに行っていいですかぁ」
と、やる気のない者も含めたサラリーマンのチームのよう。
 亡者も獄卒も、人間(?)の集団はこの世ものと変わらない。

 男たちは記憶を遡って自分たちが死んだのだと気づく。
 自分は地獄におちるようなことをしたのか。なぜ五人が一緒にここに来たのか。
 同僚である園川、明神、坂上は一台のレンタカーに乗っていて山道で自転車をはね、そのまま転落した。自転車に乗っていた田村は、悪戯で石を転がし崖崩れが起きたのであわてて逃げる途中だった。崖崩れに巻き込まれて死んだ成田はブレーキの効きの悪い車をそのまま貸したレンタカー会社の社員…。
 三すくみ状態で、誰かを責めると自分に返ってくる。
 互いを責め合って、結局自分から「サウナに入る」ことが獄卒の狙いなのだろうという結論に達した男たちは、みんなで仲良くすることでこの先の地獄に行かないようにすることを決める。

 獄卒は姿を見せない。ただ、いつの間にか告知の貼り紙がされている。
 入ってきた側のドアが最初のひとりにだけ開く、と書かれた貼り紙を見て、「俺はひとりだけ逃げようなんて思わないぞ」と牽制する者が出る。
 これはチームワークを乱そうとする見え透いた企みだ、と言い合いながらそれぞれの思惑で足並みは乱れはじめる。

 舞台で見せるのはもう一度家族に会いたいと坂上が出ていってしまうまで。
 園川と成田の駆け引きは正視できないほど醜かった。田村は次々に裏切られて「人間」に絶望して自分から「サウナに入った」。彼が諦めたことで気の抜けた明神も続いた、ということは獄卒たちの噂話として語られる。
 本当はこの部分が一番の「ドラマ」だろう。リアリティという呼び方である指向を求める人なら、そういうところをこそ描くべきだというかもしれない。でもたぶん、この芝居で描きたいのは人間の醜い姿そのものではない。

 変わったシチュエーションだが、物語自体は予想どおりに展開する。何も意外なことは起こらない。いきなり神様が現れて救ってくれたりはしない。だから芝居のポイントは登場人物の造形とやりとりの面白さだ。
 引きこもりだった人間不信の暗い男。鈍感で場の空気を読まない言動を繰り返す男。根拠のない自信に満ちあふれた男。誰も極悪人ではない。完璧な善人でもない。みんな「欠点のあるふつうの人間」だ。
 天国でも地獄でも、人は同じ長い箸を持っている、ただ地獄では自分が食べようとするので空腹なまま、天国では互いに食べさせ合うので満腹だ、という有名な寓話どおり、天国と地獄の差はそこにいる人間によって生じる。全員が罪人だからこそ互いを責めることなく仲良くしよう、というのは理想論で一種のユートピア思考だ。実現すれば、ここが地獄だからこその天国が出現する。しかしもちろん「欠点のあるふつうの人間」にそんなことはできない。奇蹟は起こらない。

 終わり近く、死んだ人間はみな一度は「サウナに入ら」ねばならないであり、ひとり逃げ出すことが地獄に「おちる」ことなのだ、と世界の構造を獄卒たちの会話で説明する。
 そうして「おちた」者が獄卒として戻ってきてここで働くことになるのだという。だからここで働いているのはみんな一度地獄におちた者、仲間を裏切って逃げ出した者たちなのだ。
 娑婆にいる者も、地獄にいる者も、地獄を見ている者も、みな同じだ。最も善き者は帰ってこない。そこにいるのは「欠点のあるふつうの人間」ばかりだ。

 自分たちの仕事を因果なものだと言う仲間に「地獄でございますから」と答える獄卒の言葉で芝居は終わる。
 因果なのは地獄だけではない。どの世界も同じだ。絶対的な悪人がいるわけではない。でも、世界は理想どおりには動かない。どうしようもない。そして自分は、どうしようもない世界を構成する一員だ。
 そんなやるせなさが無人になった舞台にぽつんと残る。

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