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KAVC全館に仕掛けられた演劇イリュージョン 西尾雅
KAVCはつくづく実験的な劇場だなあと思う。それはKAVCのある新開地という土地柄が持つ進取の気風のせい。かつて遊気舎がKAVC全館を使って「エル・ニンジャ対アマゾネス・キョンシー」(00年8月)というイベントを開催したことがあった。全館を映画スタジオに見立て、役者の案内で自由に各コーナーを見て回って観客も参加する。その様子はすべてビデオ撮りされており、最後に事前撮影の映像と合成されてその回だけのオリジナルな映画が完成披露される趣向だった。

それは演劇というより遊気舎ファンクラブのイベントあるいはKAVC探検のピクニック(観客がふだん入れない事務所まで使われていた)の感が強かったが、今回は2階のKAVCホールと地下のKAVCシアターで同時間に起こる事件を2つの視点で描く試みがなされる。

役者は上下を移動して両方の劇場に顔を出すが(上のホールだけに出演する役者も多数。ただ上階の状況は地下のシアターのモニター映像で観ることができる)、観客はどちらかの劇場に座ったまま。物語の全貌は2本観なければわからない仕掛けだが、作品としてはそれぞれ独立している。両作品を観れば同じ時間に起こった事件とは思えないテイストの違いに驚かされる。

キャパが違うため(上は約200人、下はその半分以下)事前予約が必要とのこと。予約の際、問い合わせたら「どちらの作品から観てもOK」との返事で同日の昼回に上、夜回に下を観たが順番はそれが正解。群像劇の上階も楽しいが、下階はそのドタバタ顛末に隠された人間のダークな面が掘り下げられ、sundayの作演出家でもあるウォーリー木下と看板役者の赤星マサノリの新境地が発見できる。

架空の小国ハイノトリ国立劇場のロビーとその地下警備室が舞台。上演中の「くるみ割り人形対ワーニャ伯父さん」から旧ソ連圏の社会主義国を連想するが、国王がいるので絶対君主制が敷かれているようだ。劇中でアメリカが強制介入するので、サダムが支配していた旧イラクがモデルかもしれない。

上階「ロビーストーリー」(以下ロビ編)では、2時間弱の劇中劇公演中のロビーの様子がリアルタイムで描かれる。開場した時点で芝居は既に始まっており、(役者が演じる)観客が(舞台上の)ロビーで開幕を待っている。客席と舞台がシンクロして緊張と緩和、期待と不安が入り混じる居心地いいのか悪いのか判別できない不思議な空気が漂う。

緊張で落ち着きない演出家(北村守)。まだ余裕のクローク係(宮部純子)はおしゃべりに夢中。仲良しのもぎり係チェブラシカ(Sun!!)は、片思いを彼女に告白。今付き合ってる役者(いいむろなおき)はチェブラシカの心変わりが気になり、くるみ割り人形の衣装のままロビーに顔を出す。主演女優(山根千佳)までが秘密の電話連絡に忙しい。到着しては劇場内に次々入る観客の中で、開幕しても連れを待ってロビーに居座る客も不審。

上階ロビ編では、小さな諍いが大きな混乱に拡大する様が描かれる。恋のさや当てならまだ可愛い。優柔不断な劇場主(高須浩明)に代わって実質的に劇場を切り盛りする妻(峯素子)は、夫が主演女優と不倫関係にあることに下階「ねずみの秘密」(以下ねず編)で気づくだろう。三角関係は愛情のもつれで済むが、クローク係は預かったコートや荷物から小銭を盗む癖がある。これは既に犯罪だが、連れ待ちの3人組は観客からあり金を巻き上げる強盗目的で劇場に乗り込んで来たのだ。

が、ケチな犯罪は、国の崩壊という大事の前にひとたまりもない。国王は失脚、外国の監視下で政権は交代、劇場に派遣されたアメリカ高官が上演中止を告げる。劇場の外が騒がしい。国王の圧制に反対していた地下活動家たちが非常事態を受けるや、一転して外国駐留軍に対し戦闘を開始したのだ。主演女優も実は活動家で、ひそかに仲間と連絡を取り合っていたわけ。

混乱するロビーに亡命途中の国王が立ち寄る。常連の観客は実は秘密警察員で亡命の手はずを整え、趣味の観劇を最後に楽しんでいたのだ。劇場主の妻は長年願い続けた国王の前でピアノを披露する夢がかなう。たとえ国が内戦状態でも一度開いた舞台は続けなければならない。砲撃で傷ついた主演女優の代役にずっと舞台に出ることを夢見ていたチェブラシカが立つ。彼女は歌も振りも完璧に記憶していたのだ。

ロビ編は大きな渦に巻き込まれる人間を俯瞰で描く。登場人物の誰かに観客は自分と同じ悩みを見出すかもしれない。チャンスに恵まれず貧乏や片思いや不倫に悩む彼ら。けれど、夢がかなうこともある、劇場主の妻やチェブラシカのように。

政変の中でかすかな希望が見つかるロビ編に比べ下のねず編は救いようがない。まさにアンダーグラウンドの世界だ。特異な演出がまず目につく。舞台となる地下の警備員室には、劇場各所のカメラからリアルタイムの映像が送られ、正面のマルチスクリーンが刻々と切り替わる。マットペイント技法(ケータイのデコメールのように額縁装飾をほどこす)で処理されたKAVC内の映像が、ハイノトリ国立劇場の館内に見立てられる。

警備員(赤星マサノリ)はこの監視で関係者の秘密(たとえば劇場主と女優の不倫)を知り、脅し取った金でクスリ漬けの怠惰な生活を送る。唯一の友人アミージャコ(岡嶋秀昭)もモニターを盗み見るが、純情な彼は片思いのチェブラシカをひそかに見つめるだけ。現実の彼はロビーの自販機にコーラを補充する際も彼女に声をかけることもできない。実はチェブラシカの片思いの相手というのが当のアミージャコ。

片思いのまま平行線をたどる2人。やがてアミージャコはチェブラシカの本心を知るが、告白できずに終わる。お互い好きなのに結ばれない皮肉な結果は、警備員の不幸な女性関係に重なる。

警備室に政変で強盗計画が頓挫した3人組が逃げ込んで来る。自分たちの不手際は省みず、リーダー(石田剛太)と吃音のユルック(栗山陽輔)のキヨーユカ(年清由香)をめぐる三角関係の争いが始まる。

こちらも不倫三角関係の劇場主、女優、妻が別々にやって来る。この地下室では人の隠された欲望や悪意がむき出しになる。本番中にもかかわらず、ゆすり犯の警備員に女優は突っかかる。もみ合いの中で「ねずみ兵士の女王」役の彼女の小道具が強盗団の持ち込んだ本物の銃とすり替わり、公演後半で彼女は大怪我することになる。

最後に警備室を訪れたのは警備員の元カノ。上演中止を命じたアメリカ政府高官の通訳(宮川サキ)は彼と別れた後に渡米、久々の里帰りで再会を果たす。2人は、望まぬ妊娠で生まれた子を水死させたことが原因で別れる。失望した彼は、前途を嘱望された人形遣いも辞め、クスリに溺れる。

赤ん坊殺しだけではない。もっと大がかりな殺戮がこの地で行われたことが明らかになる。かつての政変時に粛清された人々が自由を奪われ、生きたままねずみに食べられ死んで行ったのだ。警備室の壁に埋もれていた人骨が、この国の過去の暗部を暴く。

キヨーユカの愛読する相対性理論が秘密を謎解く。ひとりを殺せば殺人の罪を背負わされるが、大量のそれは粛清や革命や戦争と正当化される。それは相対化だが、相対性理論では、時間と空間、質量とエネルギーは密接に関係する。

ちょっとした浮気や万引きが積み重なって悪意の雪だるまは膨れ、下降は加速する。KAVCの空間内(つまり仮想のハイノトリ国)で同一時間に起こった出来事が相互に関連し影響を及ぼす。玉突きのようにひとつの出来事が次々と新たな結果を生む。たとえば政府高官のペットの猿が逃げ出して交通事故を起こし、そのため強盗リーダーが遅れて手はずが狂う。そんな笑える出来事が重なって決定的な事態は生じる。

ハイノトリ国の悲劇が、現在の日本に起こらないと誰が断言できよう。コントロールできないほどに増殖した悪意は、やがて世界を破滅に追いやるかもしれない。時空間はゆがみ、質量はエネルギーに転化する。学ぶべき相対性理論とはそのことではないのか。

KAVC館内をモニターする8台ものカメラ。さらにクスリでトリップした警備員がモニター映像に溶け出し、2次元の映像となった彼と現実のアミージャコが会話するトリック撮影まで数々の映像手法が使われる。劇中劇「くるみ割り人形対ワーニャ伯父さん」のダンスシーンや警備員と通訳の恋愛回想(以上事前撮影)でも演劇と映像のコラボが効果をあげる。

KAVC全館を使った本格的な表現として画期的。エンタメ感あふれるsunday(世界一団)を率いるウォーリーの問題作に驚く。が、本作を支える屋台骨は何と言っても赤星マサノリ。ピースピット「SMITH」(06年8月)やsunday「四月のさかな」(06年11月)でいい人ぶりを振りまくが、今回は一転してワルを演じ、凄みを発揮する。ラストで警備員は自殺するが、首吊りを演じのける身体能力も驚異だ(一歩間違えば大事故になるところ)。

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