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虚実反転の大トリック 西尾雅
深遠なテーマの社会派作品には劇評も集まるが、エンタメは無視されがち。シチュエーションコメディを得意とする売込隊ビームもそのひとつだが、日常に警鐘を鳴らす本作の視点に瞠目。発想の転換、常識のひっくり返し、頭のやわらかな体操、演劇的知恵の輪。楽しく観劇して思いがけぬ役立ちアイディアが生じる。タイトルのバチルスとは桿菌(細菌の一種)、転じて害なす者を指す。

街開きしたばかり、まだ造成中の新興都市に備え付けの地下シェルター。防災安全が売り物の街の目玉で、今日も住民対象の見学会が開催中。が、訓練がしばしば本番になるように、見学のはずが本当の避難所になった一行を待つ運命は...。

登場人物の状況や性格の説明が手馴れる。農学部卒でカビを研究する桐下(太田)とダンス教師の妻・美香(小山)、置いて来た愛犬が心配な澁澤(梅本)、体育教師でワガママな高橋(山田)、たまたま宅配中の佐川急便運転手(宮都)、そしてシェルター管理者でもある都市開発職員2人(菊池、三谷)。職員は訓練に備え防護服を着用していたが、澁澤の愛犬に噛みつかれて穴が開き防護機能を失う。空気感染するバチルスを感知し、住民の突然死を目撃した職員はシェルターに逃げ込み、見学中の住民にシェルターに留まるよう説得する。

ところが、突然死した住民と同様の咳の症状を美香も現す。彼女はただの風邪とバチルス感染を否定するが、隔離の強硬意見も飛ぶ。シェルターは装備も不十分で、バチルスの情報等も入らないまま。閉鎖された空間で人間と細菌ではなく、人間同士の戦いが始まる。

美香を避け差別する住人と唯一妻をかばって抗議する夫の間に対立が生じる。美香を非難する急先鋒が高橋。とりなす職員にも美香を避ける本音が透ける。密室の人間模様を描くシチュエーションコメディが、舞台裏を見せる演出で一転する。上手の食料貯蔵室のブラインドが開くと、直前に咳き込み飛び込んだ山田を黒衣のスタッフが介護、給水している。美香が咳き込めば大仰に脅え、声をそろえて非難する住人連が、高橋役の山田の咳を無視する。

伏線はオープニングのメイキング映像。本番直前の山田が風邪気味で映る。美香を非難する山田が咳き込めば、芝居の進行はめちゃめちゃ。なにしろ咳き込む美香を追求する立場だから。それゆえ他の役者は山田の咳に知らぬ顔。舞台で咳をこらえ、ブラインド裏で苦しむ山田が違和感をもたらす。この時点で作品は舞台現場の混乱を笑うバックステージものに質的変化を遂げている。

山田に続いて咳き込み始める他の役者たち。お互いの咳が重なって台詞も聞こえぬほどドタバタでスラップステックな展開となる。「あたしはもう止まっちゃったんだけど」逆に咳き込まなくなった美香が、苦しむ周囲を見下ろす。そこに2回目の映像が挿入、稽古場でのラストシーンが映される。情報遮断された密室でついにリンチによる排除が行われる。つまり、高橋が美香の首を絞め殺す。助かるためには感染元を断つ。引用をしばしば間違える女性職員なら「小の虫を殺して大の虫を助ける」と言ったところ。そのラストに向かって進むはずの舞台は、けれど美香の首を絞めるべき高橋が先に倒れ、美香を除く全員がそれに続く。最後に美香も倒れて終わる。

エンディングのテロップで謎は解かれる。美香の咳はただの風邪、バチルスの保菌者は美香を真っ先に非難した高橋/山田だったこと。隔離されていたために美香/小山に感染するのが最も遅くなったものの最後には同じ運命をたどったこと。終わってみれば単純なトリック。疑わしき者は犯人でなく、その逆が真実だという正当な結末を迎える。虚構の芝居も役者の体調に影響される。単純な事実を逆手に取り、安心して観る虚構をいきなり現実にすりかえる手腕が鮮やか。現実と虚構がひっくり返る衝撃はテレビモニターから脱け出す「リング」貞子の戦慄を思い出す。

エンタメの視点で、虚実の反転や台詞の多義性を取り入れる。決めつけで事態が流されることを戒めているようにも取れる。例えば、プロ野球の1リーグ制への移行、イラク日本人人質事件での自己責任論など。あまりにも表面的に事態を捉え、判断が安易に流れてはいないか。現実の保菌者が理不尽に他人を責める姿は、フセインの核保有を証明出来ずにイラク戦争を始めたブッシュを想起させてブラックだ。

13の数字はキリストと最後の晩餐を共にし裏切ったユダを指す。私たちは誰がユダか見つけるのに熱心だが、自分の中のユダには気づかない。ユダといわないまでも、追われる途中イエスを知らないと嘘をつくペテロの保身、その卑怯には心当たりがあろう。尻馬に乗ってユダを非難するのは簡単だが、自分の中のペテロに思い至り、真実を見抜く目を磨きたいと願う。


キーワード
■コメディ ■終末
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