log osaka web magazine index
日々是ダンス。踊る心と体から無節操に→をのばした読み物
文・写真
+ dance+編集委員会
dance+とは
ダンスを楽しむ研究サークル。情報編集のほか、ドキュメント、ビデオ鑑賞会などをとおして、ダンスと地域、ダンスと生活をつなぎます。

- 古後奈緒子(メガネ)
窓口担当。守備範囲は前後100年ほど。
- 森本万紀子
エンタメ担当。
- 森本アリ
音楽家/ガラス職人/グラフィックデザイナー/DJ/家具職人/映画助監督/大家/自治会会長/NPOスタッフなど。
- 神澤真理 NEW!
日常の中にある「おもしろそう」を発掘中。

記事へのご意見、ご感想、上記活動への参加に関心をお持ちの方はこちらへ→  danceplus@gmail.com


31「愛音」寺田みさこreview/DB issue

永遠の神に祈るソープ嬢は、深紅のプールサイドで踊り続ける。

                                  Text : 樋口ヒロユキ


 
  東京公演のフライヤーPhoto: Chikashi KasaiDesign: Sansei Kimura
 
■ 真っ赤な穴と白い液体

 「東京での初演時には『ソープ嬢の物語だ』ってお客さんに言われて、びっくりしました。特に美術を担当した高嶺さんはすごく驚いてた。『えーっ! そんなこと全然考えてへんかった』って」
 終演後、寺田みさこはそう語った。全く不謹慎な話である。本公演「愛音-AION-」は、れっきとした芸術的ソロダンス作品である。踊り手はトヨタ・コレオグラフィー・アワード受賞の実力派ダンサー、寺田みさこ。美術を担当するのはヴェネツィア・ビエンナーレ出品の経歴を持つ美術作家、高嶺格(たかみね・ただす)である。こんな高級な芸術作品が、どうして低俗極まりない「ソープ嬢の物語」でありえようか? ありえない!
 ……と、権威主義に凝り固まった鑑賞者なら言うかもしれない。だが、この「愛音」なるダンス作品、勘違いされてもやむをえないほど、挑発的なイメージでいっぱいなのだ。真っ赤なリノリウムが一面に張られた舞台の中央には、満々と水を湛えたプールが掘られている。水を湛えた真っ赤な穴。人によっては「抽象化された女性器」と捉えても、全く不思議ではないイメージだ。
 さらに舞台が進行するとともに、天井の簀の子から真っ白い泡が、びちゃりびちゃりと音を立てて落ちてくる。水を湛えた真っ赤な穴の周りに、びちゃびちゃ飛び散る白い液体。その周りで白い泡にまみれて、寺田みさこは踊り続けるのだ。これを「ソープ嬢の物語」に見立る人がいても、あながち間違いだとばかりは責められまい。
 「真ん中に空いた水槽は、私が欲しいと言ったんです。逆に空から降る泡は高嶺さんのアイデアで、消えていく泡の壁のようなものが欲しいと……。ソープ嬢とか泡踊りとかいった考えが先にあったわけでは全くありません。むしろ私がイメージしたのは、若い女性というより老婆だったんです」
 ダンスなんて学校のテストじゃないんだから、別に「これが正解」なんて見方があるわけじゃないし、必ずしも制作者の意図通りに受け取る必要もない。けれども、ここまで演者と鑑賞者が異なったイメージを抱く作品も珍しいだろう。実際、確かに言われてみれば、まるで老婆のように見える身振りによって、この作品は幕を開ける。また、これだけ性的なイメージを多用していながら、この舞台からは不思議なくらい、猥雑な空気が感じられなかったのだ。
 一体この舞台の上では何が起こっていたのだろう? ここに示される身体が、もし性的なものでないならば、それは一体何なのだろう? 筆者の手許に残ったメモをもとに、もう一度この舞台のようすを、詳しく振り返って眺めてみよう。


 
 
 
                                  提供:財団法人びわ湖ホール

■ 老婆、乳児、セックス・マシーン

 寺田の主張するとおり、この舞台に彼女はまるで、老婆のように登場する。腰を曲げてガニ股で、空き缶がギッシリ詰まったビニール袋を二つ引き摺って、後ろ向きに後ずさりしながら入場してくるのだ。その様子はどう見ても、老骨に鞭打ってゴミ捨て場へ通う老婆の姿であって、性的魅力に溢れた若いソープ嬢の身体ではない。
 だが彼女は舞台袖にゴミ袋を放り出すと、今度は赤ん坊のように四つん這いになって、舞台中央まで這っていく。さらに彼女は舞台中央の穴の前で立ち上がり、あらかじめ口中に含んでいた水を、ゆっくり赤いプールの中に吐き出すのだ。
 ここからしばらくの暗転を経たのち、舞台では一転して性的な暗示に満ちた身振りが、ほとんど強迫的と言っても良いほどに繰り返される。両手の人差し指をフェラチオのようにくわえて抜き差しする動作。あからさまに正常位や騎乗位でのセックスを思わせる動作。しかも彼女は観客に向かってM字開脚を繰り返し、ティッシュ・ペーパーを撒き散らし、着衣と脱衣を繰り返すのだ。
 やがてダンサーは赤い穴の水に身を浸し、簀の子から降ってくる泡にまみれ、下着同然の着衣をすぶ濡れにして踊り続ける。濡れた下着のまま客席に向けて開脚される彼女の股間を、筆者は幾度見せつけられたことだろう? もはや制作者の意図がいかなるものであれ、私は性的連想無しに舞台を見ることはできなかった。
 ただし同時に、それは性的な身振りを示しながらも、全く猥雑さを感じさせないものでもあった。反復するフェラチオは産業用ロボットのように正確であり、ビデオの早送り再生のように加速していった。ダンサーの体には不随意筋的な肉のエクスタシーは一切現れず、全てが随意筋によって正確に制御されていた。それは「ソープ嬢の物語」というよりも、非人間的なまでの超絶技巧で演じられる「ソープ嬢型セックス・マシーンの物語」と呼ぶ方が正確だったかもしれない。
 終盤、舞台上のダンサーは、突然身振り上の「素顔」を見せる。そこまで演じてきた「ダンス的な身振り」を完全に脱ぎ捨て、一人の「ただの人」として、舞台上の掃除を始めるのだ。老婆として登場したときは、あれほど重そうに見えたゴミ袋も、いまや軽々と持ち上げられてしまう。舞台上に散乱するゴミや衣服を次々にビニールに詰めて、彼女は淡々と舞台上を掃除するのだ。
 そして彼女は下着も何もかも脱ぎ捨てて、ゴミ袋と一緒に舞台の穴へと捨ててしまい、ついには自分も飛び込んでしまう。幾多のゴミ袋と一緒に水の中に浮かぶ、寺田みさこの顔。彼女の茫漠としたまなざしを見せて静止したあと、舞台は暗転して終わるのである。


 
 
 
                                  提供:財団法人びわ湖ホール

■ アイオーンへの祈り

 老婆から乳児へ、乳児から正確無比なセックス・マシーンへ、そして性的な身振りを含めて全ての作為を捨て去った「素の身体」へ。かように「愛音-AION-」の舞台では、ダンサーの身体はめまぐるしく替わり、ついには自らそのものを捨て去ってしまう。一体ここで私たちが目にしているものは何なのだろう? 年齢と時間を超越し、ついに永遠の静止の中に凍結する彼女の身体は、何を物語っているのだろう?
 おそらくここで私たちが見ているのは、もはや性的な身体ではない。余分な1グラムの贅肉もつけず、頭をほぼ丸刈りにした寺田の体は、愛欲に濁ったエロティシズムとは無縁のものだ。彼女がここで示しているもの、それは人の一生をビデオテープのように、自在に早送りしたり巻き戻したりして見せる、超時間的な身体のあり方だと言える。
 老婆として登場するが、一気に時間を巻き戻して乳児となり、ビデオテープの早送りのように正確無比なセックスを繰り返したかと思えば、やがて無時間的な静止に至る。そこに示される身体は、自由自在に時間を操る永遠の神のようでもあり、永遠の時間に好き勝手に操られて生きるほかない、一人の人間の一生のようでもあった。もし仮に、ここに描かれたのがソープ嬢の一生だったとするなら、それは太古から未来まで果てしなく続く、苦界に生きる女の「永遠の痛苦」だったに違いない。
 本作のタイトルは「愛音」と書いて「AION」と読む。AIONは古代ギリシャ語で「時間」を意味する言葉だそうだが、永遠の神、アイオーンをも意味するらしい。転じて時代や世紀、人の生涯をさす場合にも使われるのが「AION」という言葉だという。寺田がこうした意味を踏まえて「愛音-AION-」というタイトルをつけたのかどうか、私は知らない。ひょっとすると、単に語呂が良いからアルファベットでルビを打っただけ、かもしれない。でもまぁ、どっちでもいい。身体と美術、そして言葉が交差して、ほんのわずかな時間のあいだ、私の脳裏に顕現した「永遠の神」。その姿を垣間見ただけで、私にとってはじゅうぶんだからだ。再び寺田の言葉を借りよう。
 「言葉にするのが正しいかどうかはわかりませんが、私が描きたかったのは『祈り』のようなものだったんです」
 永遠の神、アイオーンは、クロノスの息子であるらしい。クロノスもアイオーンと同じく時間の神だが、クロノスは「過去から未来へ続く直線的時間」の神であり、アイオーンは「一瞬の時間の中に閃く永遠」の神だという。もしダンスを守護する神がいるとしたら、たぶんクロノスではなくアイオーンだろうと私は思う。寺田の祈りは、そして名もないソープ嬢の祈りは、アイオーンに届いただろうか。


 
 
 
                                  提供:財団法人びわ湖ホール

樋口ヒロユキ(ひぐち・ひろゆき)
評論家。『AERA』、『美術手帖』などに執筆。著書に 『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎)。
ウェブサイト:http://www.yo.rim.or.jp/〜hgcymnk/index.html

page 1 2 3 next >>
TOP > dance+ > > 31「愛音」寺田みさこreview/DB issue
Copyright (c) log All Rights Reserved.